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華想 5

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思わぬ捕り物に出くわした剡龍は、館の奥の部屋で主の周権と他愛も無い世間話をしていた。
ただの気まぐれで訪れては見たものの、思いのほか居心地の良い雰囲気に家人の人柄を垣間見た気がした。
ただ、異様に多くのお菓子が運ばれてきた事だけが、謎ではあったが…

「そう言えば、剡龍様。本日はどのようなご用件で?」
「いや…ただの気まぐれで。突然の訪問、申し訳ない」
「とんでもございません。何でしたら、娘の珱彩をお呼び致しますが?」
「いや、結構。突然の事、ご婦人に対して失礼でしょう。なにせ、ご婦人の準備には大変時間がかかる」
「いや、全くで」

カラカラと笑う周権に微笑みながら、剡龍は心のどこかでほっと息を吐き出した。
正直、今すぐに婚約者である珱彩と会うことは、己自身が避けたかったのだ。
木偶皇子と呼ばれるこの姿は、母親譲りのところが多い。
美しい容姿の母親譲りの面に不満を感じたことは無かった。
婚約者である珱彩自身は、町一番の美人として有名なものであり、心根も清らかだと噂されるほどである。
しかしながら、その様な噂話などどこまでが真実なのか、分かるわけがない。
今まで他の兄弟から蔑まれてきた容姿を見て、将来の伴侶がどのような顔をするのか、不安だったのかもしれない。
己自身に未だにそんな事を思う気持ちが残っているのかと思うと、恥ずかしさや虚しさ、苦々しさなどの想いが、胸を駆け巡るのである。

「思いのほか、長居をしてしまったようだ。そろそろ、失礼する」
「では、お見送りを…」

これ以上居ては、本当に呼ばれかねぬ…そう思い剡龍は席を立つと、扉へと向かった。
部屋を出て少し行くと、ふと中庭の先にある渡り廊下に人が動く気配がして顔を向けた。
ふわりふわりと動く裾と、さらさらとした真っ直ぐな美しい髪。
小柄ではあるものの、どこか凛とした美しさが見える女性が、共の女を連れて離れの部屋へと入っていった。
遠目であり、しかもほんの僅かな時間だけしかその姿は見えなかったが、甘い芳香が漂ってきそうなほどの美しさだった。

「?…剡龍様?」
「あの…あちらの、廂房(はなれ)は?」
「あぁ…」

ほとんど無意識にかけられた声に問うと、ややあって嬉しそうな声で周権が答えた。

「わが娘、珱彩が住んでいる離れにございます」
「あそこに…珱彩殿が?」

では、先程見たのは瑛彩であったか…
その姿を脳裏に焼きつけ、また何事も無かったかのように剡龍は歩を進めだした。



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