本日 102 人 - 昨日 14 人 - 累計 72115 人

OUT

  1. HOME >
  2. 続く森 >
  3. OUT
(1)出会い
(2)起床
(3)バイト
(4)Happy Halloween ♪
(5)お仕事をしましょう。
(6)質問してみました。
(7)angel
(8)年越し
(9)整理ととばっちり
(10)勉強しましょ
(11)花咲く頃
(12)記念日
(13)幸せの味
(14)晴れの日の事
(15)桂花
(16)甘い、甘い、幸福の味。
(17)涙雨
(18)ささやかなる幸せ
(19)
(20)








(1) 出会い 



その日は仕事が終わったら、友達と会う約束だった。
久しぶりにカメラマンをしている母のモデル以外の仕事だったから、少しだけきんちょーしていた。
『仕事が終わったら、遊ぶ。仕事が終わったら、遊ぶ……』
そうブツブツと呟きながら、早く仕事を終わらせたのに…ケータイをチェックすれば
〔ゴメン、今日ダメになった〕
の、一行。
「……ハルト君、大丈夫?」
「……大丈夫…デス」
その場にガックリと崩れ落ちた俺に、スタイリストのお姉さんが優しく声をかけてくれた。
ゴメンね。服、汚れちゃうよね…
ノロノロと私服に着替えると、ガックリ気分のまんま家に帰る事にした。
残念すぐる……


「たっだいまー…」
「はるぅ~?お帰り~!」
リビングから響くのは、さっきも言った母親の声。
世界的なプロカメラマンで、大学の先生もしているらしい。
…こーし…だっけ?そんなん。
ってか、今日は美大の日じゃなかったっけ?
ぼーっとそんな事を考えながらリビングに向かうと、そこに母親以外の人がいた。
そこだけが、キラキラと光ってるみたいな…キレイな人。
「君が…春斗君ですね。初めまして、雪(すずき)廉(れん)です」
雪と書いて、すずきって読むんですよ。
そう言って小首を傾げた男の髪が、サラリと耳から落ちた。
……やっぱりキレイ。
ぼーっと見ていたら、ニッコリと笑いかけられた。
その瞬間、顔が一気に熱くなって、廉さんを見ていられなくなった。
「あっ…の、金月(きんげつ)春斗(はると)ですっ!!」
「はい、お噂はかねがね」
「…噂?」
キョトンとした顔をすると、廉さんはホントに楽しそうに笑った。
「何でも、この世で最も可愛い最高のモデルさんなんですってね」
「親バカ大爆発かよっ?!」
大学で何話してんだよ、ハズカシー!!と、真っ赤になって母親を見ると「だって、本当だもぉ~ん」と悪気も無い様子で紅茶をすすっていた。
本気ありえねぇー
「そうそう、この廉クンなんだけど、私が教えているクラスの学生なのよ」
私の作品気に入ってくれてね。モデルに会いたいって言うから、連れてきちゃったわ。
「凄くいい子で、何よりイケメンでしょ~?」
ニッコリと笑う母親に何とも言えない気分になった。
……母の好みだもんな、サワヤカ好青年系。
「ってか、そんな理由で連れてくるなんて珍しーじゃん」
そんな理由だったら、今までも山程似たようなファンがいた。
だけどきっと、廉さんは違うんだろう…じゃなきゃ、あの母が連れてくる訳がない。
「そーね。言うなれば……恋の天使(キューピッド)になりたかったから?」
「は?きゅーぴっどぉー?」
意味がわからん…また、母のすっ飛び発言か…
うーん…わからん。着いていけん…
俺が悩んでいると、また廉さんがクスクスと笑った。
「春斗君、ボクがお教えしましょうか?」
「え?廉…さん…わかん……わかるんですか?」
「はい」
何だろう…この人の、この笑顔を見ていると、ドキドキしてしまう。
「えっと、教えて…下さい」
「もちろん、良いですよ」
どーしよ。男に見つめられているってのに、きんちょーする。
「つまり、春斗君。ボクは君が好きです」
「なるほ………………?」
「告白ですよ。大好きです」
「………………え?」
「春斗君はいかがですか?ボクの事、どう思っています?」
「え?ど、どうって…」
「好きですか?嫌いですか?」
「いや、嫌いじゃな…」
「じゃあ、好きですね」
「好き…なのかな?」
ドキドキするし…きんちょーするし…
「あ、好きなのかも」
「はい、両想いですね」
こうして、ちょっとだけ俺たちは変わった始まり方をした。
「あれ?両…想い……?男同士?」
「良かったわね、春斗君。素敵な恋人GETね♪」
ママ、応援してるわ~vV
「あ、ありがとう?」
「良かったですね、春斗君。親御さん公認ですね」
「お、おぅ?……あれ?」




(2) 起床



「…廉って、何時起きてるんだ?」

半分寝ぼけた表情の春斗を、可愛いと思いながら廉は紅茶を用意しながら微笑んだ。

「そうですねぇ。時間は決まっていないんですけど、春斗君の様にゆっくりお昼まで寝ていた事はないですね」
「…嫌味かよ」
「いいえ、可愛い寝顔をゆっくりと見る事が出来て、僕は幸せですけどね」
むぅ…と、むくれながら椅子へと腰掛け、春斗は目の前の食事を見つめ
た。
トーストとサラダ。目に鮮やかなプチトマトと、焼きたてのパンの香りが食欲をそそる。
隣にあるスクランブルエッグは春斗の好みに合わせて、少しだけ甘めになっているはずだし、一緒に添えられているソーセージはおいしいと評判のものだったはずだ。

「どうぞ」
「ん、ありがと」

マグカップに入れられた紅茶は良い香りを漂わせており、ふぅ…と息を吹きかけて一くち含むと、ほんのりと優しい甘さが広がった。

「春斗君は、朝が苦手ですか?」

向かいにある椅子に腰掛けながら、廉はどこか楽しそうにそう聞く。

「まぁ…何か、休みの日はすげぇ眠いんだよ」

仕事の時と、学校の時はすぐに起きれんのにな~。と気の抜けたようにパンにかじりついて答える。

「好きな事があると、早起きですもんね」
「むぅ…だから、廉と一緒のときもいつもより早起きだぞ?」
「それは、嬉しい限りですね」

本当に嬉しそうに微笑む廉に赤面しながら、春斗は慌てて口の中にきゅうりを詰め込んだ。

「で、廉は何時に起きてんだよ?」
「僕ですか?」

そうですねぇ…と、少し思案顔をした後マグカップを持ち上げて微笑んだ。

「毎朝6時前後でしょうか」
「6時?!」
「日によって変わりますけど、何となく習慣で目が覚めてしまうんですよ」
「…何してんだよ、んな早く起きて」

スクランブルエッグは春斗の予想通り、少し甘めだった。

「そうですね…食事をして、新聞を読んでいますよ?」
「…あれか?」
「はい」

ソーセージを租借しながら視線を向けた先には、英字の新聞が2,3部と、日本語の新聞が4部程度置いてあった。

「……全部?」
「はい、全部です」

それは、確かに時間がかかる。

「ってか、そんなに読む必要あるのか?」

春斗にとって新聞は所詮テレビ欄が乗っているもの程度の認識なのだから、仕方がない。

「まぁ、習慣みたいなものですから」

そう言って春斗の口の端についたパンくずを取ってやりながら、廉は微笑んだ。

「春斗君が起きてくるまでの間の、暇つぶしでもありますからね」
「ふんふぁぁ、もふふぉふぇふぁ…」
「はい、飲み込んでから話してください?」
「ん……っはぁ。んじゃ、俺がもし早起きしたら何すんだ?」
「それは勿論、こうやってお喋りしたり見たりです」
「…話すのはいいけど、見たりって何だ?」

いぶかしげに最後の一切れを口の中に収めて、飲み込む。

「そうですねぇ…愛でていると言ったら、わかりやすいでしょうか?」
「愛で…」

マグカップを空中でとめて、じっと廉の顔を見る春斗。
対する廉は楽しげに微笑みながら自分の紅茶を、飲んでいる。

「半分寝ぼけながらも、ご飯を食べる春斗君は可愛いんですよ?」
「……廉は、変だ」
「春斗君の事だったら、いくらでも変になって差し上げます」
「今のままでいい。いまのままの廉が好きだから、それでいい」

ご馳走様でした。と両手を合わせて言うと、食器を片付けにキッチンに向かう春斗を呆然と見送った後、廉は両手で顔を覆った。

「…はぁ。本当に、これ以上僕を変にさせないでくさい」
「何か言った~?」
「…桃がありますが、いかがですか?」
「たべるっ!!」

ゆっくりと立ち上がりながら、自然と浮かぶ笑顔が抑えられないのは仕方がないだろう。と言い訳しつ、今日も廉は春斗に溺れていく。




(3) バイト




「俺、バイトする事にしたんだっ!」

春斗が満面の笑みを浮かべてそう言った時、廉は特に言うことでも…と思ったりした。

「そうですか…でも春斗君は、もうバイトしてますよね?」

今までカメラマンの母のモデルをしたり、時折他のモデルもしていたりする。
だからこそ、モデルの延長線で何かするのかと思ったのだ。

「ちがーうっ!!!俺、カフェでバイトすんの!」
「カフェ?」

おぅっ!と勢いよく返事をする春斗は、いつの間にかウェイターの格好になっていた。
真っ白いカッターと、黒いスラックス。同じく黒のギャルソンエプロンを着けている。

「どぉどぉ?俺、カッコいい?」

きゃっきゃと喜ぶ春斗に、驚く廉。
嬉しそうに見せびらかす春斗の肩を掴み、とりあえず顔をのぞきこむと真剣な顔をして口を開いた。

「死ぬほど、可愛くて、素敵で似合っていますが…」

一つ深呼吸して、もう一度口を開く。

「こんなに可愛い姿を他の人には、見せたくありません!」

ぎゅっと抱き締めて、普段はキツイからと着てくれないカッターの感触を楽しみながら、首もとに顔を寄せて息を吸い込む。

「ちょ、廉!くすぐったい!」

そう身をよじる春斗をますます抱き締めながら、ついでに小さく舌を出して首筋を舐める。

「ひゃっ!?」
「こんな可愛い格好をしてる、春斗君が悪いんですよ?」

片手で器用にカッターのボタンを外しながら、真っ直ぐに見上げてくる春斗の唇に己のそれを重ね…



「……ん、れんっ!!!」
「ん…?春斗……君?」

目の前の春斗の顔をじっくりと見つめると、首を傾げた。

「……夢?」
「ゆめ?」
「……残念ですね」
「残念?」

いつも通りのだぼっとしたTシャツにジーパンの春斗は、現在少しだけ前屈みであり、首もとがしっかりと開いていて色々と魅力的だ。

「……ま、現実で続きをしますか」
「?」
「いただきます」


結局は、そうなるそうだ。




(4) Happy Halloween ♪




その日は、廉の部屋で並んで読書をしようという事になっていた。

「ん?なぁ、何か…いい匂いするんだけど」

突然、雑誌から目を離してクンクンと鼻を動かす春斗に、小説を読んでいた廉はクスリと笑った。

「何の匂いでしょうか?」
「うぅん…甘くって、香ばしい感じの……」
「あぁ、ならコレですかね?」

カバンから透明な小さな袋を取り出した。

「クッキーじゃんっ!!」
「今日、同じ講義を受けている方から、頂いたんで…って、春斗君?僕の話し聞いてますか?」
「聞いてる、聞いてる!つまり、食っていいんだろう?」

目は袋にロックオンな状態の春斗に小さく再び笑って、廉は手にしている袋を左右に振った。

「あげるのはいいんですけど、ちゃんと魔法の言葉が言えたらです」
「魔法の言葉?」

ニコニコと微笑む廉に、首をかしげる春斗。

「今日はこれを言えなきゃ、お菓子はあげられません」
「んだよ、魔法の言葉って!」

拗ねる春斗に、ますます笑み深くする。

「今日は10月31日ですもんね」
「10月31日……あっ!!!とりっくおあとりーと!!」
「はい、良くできました」

イイコ、イイコしてクッキーを渡した後、更に笑みを深める廉に春斗は嫌な予感がした。

「ありがとう」
「trick or treat?」
「……え?」

綺麗な英語の発音を耳にして、一瞬わからないと言った表情をする春斗。

「お菓子をくれなければ、イタズラしちゃいますよ?」

廉に差し出された手を見て、自分の手に持っているクッキーを見て、春斗はむぅっと唸った。

「んだよ、廉。自分も食べたかったんなら、最初からそう言えよ」

じゃあ、半分っこな?と袋を開けようとする春斗にストップをかけて、ちょっとだけ顔を近づける。

「それは、僕があげたものです。僕は春斗君のお菓子が欲しいんです」
「え~?俺、今日持って無いし…」
「じゃぁ、イタズラですね?」
「いやいや、おかしいでしょ!!」
「でも、お菓子が無いんですから、イタズラしか無いですよね?」

それじゃぁ、早速…と、近寄る廉から逃げる春斗。

「ちょ、ちょっと……待てってばぁ!!」
「イタズラに待てはありませんよ?」

こうして、ハロウィンの夜は更けていくのでした。




(5) お仕事をしましょう。



春斗がのんびりとリビングのソファーに座りアイスを食べていると、とある話が耳に入った。

「……え?オレにスーツ?」

そうなのよっ!!と無駄にテンション高く、春斗の母の桃香は答えた。

「良斗さんの所のブランドの新しい子会社みたいなんだけど…」
「若い子向けのブランドなんだけど、今度新しくスーツを出したらしいんだよ」

ふんわりと落ち着いた雰囲気をまとい、一人の男性が2人っが居るリビングに入ってきた。

「良斗さん、お帰りなさい」
「お帰り~」

この人物が先ほど桃香が話していた人物、良斗であり、春斗の父親である。

「でな、若い子向けでやって来ているから、どちらかって言うとイメージが幼めなんだ。でもスーツで幼すぎたら、七五三になってしまうだろ?」
「そこで春斗に白羽の矢が刺さった訳ね?」

なるほど、春斗ならば幼く見えるが、仕事となれば大人っぽさを出す。

「さすが桃香さん。可愛くて、素敵で、優しい上に頭が良いなんて、何て完璧なんだ」
「もぅ、良斗さんったらぁ~。上手いんだから」
「いやいや、本当に…」
「それで?」

万年新婚状態の二人に割って入る春斗は、ややうんざり気味な声で先を促した。

「あぁ、それでCMはNGでポスターのモデルだけでも、春斗にお願いしたいんらしいんだが…どうする?」
「ん~、ならOK」

少し溶けかけてきたアイスを口に入れて、春斗はコクンッと頷いた。



「…で、OKしたんですか?」
「うん、ポスターのモデルだけなら、いっかなーって」

ところ変わって、ただいま春斗は廉の部屋へと来ていた。
学生服のままである所を見ると、どうやら学校帰りに直接やってきた様である。

「そうですか…」
「ん?レン、どーしたんだ?」

並んでソファーに座り、教科書を広げていた所で、春斗が昨夜の仕事の話を廉へと話していたところだ。

「いいえ…また、春斗君が沢山のモデルさんと一緒にお仕事をされるのかと思うと、何だか心配で…」
「何でだよ?」
「春斗君は、ボクの大切な恋人なんですよ?そんな大切な恋人の素敵な姿を、色んな人へと見せびらかしたいと言う気持ちもあるのですが…ボクだけのものでいて欲しいという気持ちもあるんですよ」

ギュッと春斗を抱きしめると、廉はゆっくりと深呼吸をした。
胸いっぱいに春斗の香りが満たされていく。
今この瞬間、春斗はこの腕の中にある。存在する。
その事を、確かに感じる事が出来る。
この時が廉は好きだった。

「ばっかだなぁ~、レン」

そんな思いを抱いているとも思っていぬのか、春斗は満面の笑みで廉を見た。

「俺はモデルのハルトだけど、その時は金月春斗の顔はしてねーんだぜ?ハルトの顔も、金月春斗の姿も…全部知ってんのは、廉お前だけじゃん?」

何でもないとでも言いたげな春斗に、キョトンとする廉。

「俺は…金月春斗は、廉の事がチョー好きなんだぜ?何で心配すんだ?意味わかんねーし」

そう言って廉に抱きつくと、チュッと可愛いリップ音をさせてキスを贈る。

「…まったく、春斗君にはかないませんね」

そう言い、苦笑しながらも廉も春斗へとキスを贈る。

「そうですね。全部知っているのは、ボクだけですもんね」
「おうよっ!!」
「春斗君のあんな姿や、こんな所まで…」
「って、何言ってんだ!!」
「冗談です」

くすっと笑う廉に、真っ赤な顔でむくれる春斗。
この上なく幸せそうに笑いながら、蕩ける様な甘い声で「がんばって下さい」と優しいエールを、キスと共に贈った。


カシャッカシャッ…
暗いスタジオ内で、そこだけやけに明るい一角。

「ハルト君、ちょっと右向いてー…はい、そう」

カシャカシャカシャ…
シャッター音が続く。

「はい、ちょっと休憩ー」
「ふぇ~い…」

何百枚撮ったか分からなくなった所で、ようやく休憩の声がかかる。
力が抜けるような声を出して、一気に春斗は脱力した。

「あぁ、ハルト君。しゃがまないで」
「ちょっと、メーク直すよ~」
「ハルト君、次の構図なんだけど…」

様々な理由をつけて近寄ってくる大人たち…

「お、俺、ジュース買ってくる!!」

大人たちの様子に何となく嫌なものを感じて、春斗は慌てて近くにいた同じ事務所の友人を引っ張って逃げ出した。


「おぃ、ハルト!!」
「ごめん、ごめん」

春斗達が撮影をしていたスタジオから、少し離れた自動販売機の前。
モデル仲間にジュースを奢りつつ、春斗は大きな溜息をついた。

「お疲れだな、スーパーモデル」
「やめろよ…」
「しゃーねーじゃん?本当の事だし」

ケラケラ笑う仲間に、春斗は再び溜息をついた。

「しゃーねーじゃねぇの?ハルトは社長の秘蔵っ子ってヤツだろ?更に言やぁ、お前のやる仕事って、全部一流ん所のごしめーじゃん?」

もう、こりゃスーパーモデルじゃん!!ケラケラと笑う仲間に嫌味はない。
だからこそ、たちが悪いという事もあるのだ。

「スーツめんどー」

と、とりあえず着慣れないスーツに文句をつけて、春斗は周囲を見回した。
そこで、ふと視界の端に扉の開いたスタジオを発見し、興味本位で覗くとバスケットゴールとボールが一つ。

「へぇ…」

ある程度広さのあるスタジオは、何かの撮影で使用されたものだろうか。
近くには撮影機材が少し置かれているものの、誰一人として人はいない。

「おぃ、ちょっとやってかね?」
「え?」

いつの間にか後ろにいた仲間にそう笑いかけると、止める間もなく春斗はスタジオに入りドリブルを始めていた。

「おぃ、ハルト!!」
「ほら、来いって!!」

嬉しそうに笑う春斗に、ついにスタジオ内へと足を踏み入れていた。



スタジオ撮影をしている最中から、少し違和感はあったのだ。

「ねぇ、そっちは?」
「いや…」

スタッフが、何故だか落ち着かない。

「おい…」
「あぁ、コレの後だろう?」

モデルの方も、そわそわしている。
………一体、何だって言うんだ?

「はい、十四郎クンお疲れ~」
「お疲れ様でーす」

俺、コレでも最近そこそこ売れてきてんだぜ?
なのによ…なんでこんなにカット少ない訳よ?
やっぱり、アレか?
例のトップモデル様って奴が居るからか?

「トーシローさん」

何つったっけ?ハルト…だったか?

「トーシローさん」

ま、俺の十四郎みたく芸名なんだろーけどな。

「おーい、トーシローさーん」

四郎から十四郎って、どんだけベタなんだよ。

「トーシローさんっ!!」
「うおっ?!!」

近くで声がして驚くと、すぐ傍に同じ事務所の奴が居た。
…と思ったら、あのハルトってヤツと同じ事務所のヤツも、2~3人いんじゃねーかよ。

「ん?何だ?」
「実は、近くのスタジオで皆でバスケしてるらしいんです」

一緒にやりに行きません?そう言って、嬉しそうに笑うこいつ…仕事だって、分かってんのか?
…ま、いっけど。

「んじゃ、混ぜてもらおっかな」

俺の撮影は終わった事だし。
ちっとつまんねーと思っていた所だし?

「ハルトさんも、居るらしいですよ!!」

……やっぱ、やめよっかな。



四郎が事務所仲間に引き連れられて行くと、そのスタジオだけやけに楽しそうな雰囲気で溢れていた。
ダムッダムッとボールが地面を叩く不規則な音や、パスやシュートを求める少年達の声。
ガシャンッとゴールにぶつかったであろう音…
スタジオだというのに、どこか場違いながらも心躍る音に四郎はひかれた。
本来は己たちを無理やり輝かせるためのライトも、今は遊びに必要な物の一つとして邪魔にならない程度にしか点けられていない。

「そのまま上がれ!!」

その中でも、一際明るく美しく…さも当然であるかのごとく、輝きを失わない人物がいた。
儚い外見とは裏腹に、明るく溌溂としたその表情や仕草は、自然と目を引くものがある。

「パスッ!!」

真っ直ぐでよく通る声は、声変わりがまだなのか何処か幼さが残っている。
撮影用のスーツを着ているはずなのに、動きは軽やかでまるで公園で遊んでいる様な気楽さ。
場所も相手も気にせず、己を己のままとして表現している…
自然体と呼べるその姿に、四郎は視線が外せなかった。

「ハルト!!」

それまでボールを持っていた少年が、その少年へとパスをまわす。

「え?」

思わず、声が出た。

「あれが…ハルト」

そう呟いて四郎はもう一度、光の中で眩しいぐらいに光り輝く少年、ハルトを見た。
写真の彼は、いつも何処か冷めていた。
明るい表情の中にも、何処か不思議な色合いを含んでいた。
暗い訳でも無く、しかし何も無い訳でもない。
四郎はその色に惹かれ、恐れていた。
だが、今はどうであろう。
ボールを追いかけ、光の中を走り、仲間と共に笑うその姿は、ごく一般の少年にも見えるが、シュートをきめる時はキリッとまじめな顔をして、大人びて見える…とても、魅力的な人物。
毛嫌いしていたのは、何故だったか忘れてしまった。
人を引き付ける魅力…オーラとでも言うものが、彼にはあった。
ボンッボンッ…音が鳴る。
ドクッドクッ…心臓が響く。

-あぁ、この胸の痛みは…。

ドンッ!!一つ大きな音と共に、人の間をすり抜けていたボールが、ハルトの手の中に納まる。
そのボールをしっかりと持ち、ハルトが四郎の方を見て…ふっと笑顔をこぼした。

「なぁ…」

花が咲いた。四郎はそう感じた。

「待ってたんだぜ?」

光の中から、ふわり…とハルトの手をボールが離れ、四郎の方へと飛んでくる。

-あぁ、俺は…お前と…

四郎がゆっくりと手を伸ばし…

「っと!!悪い、悪い」

隣に居た、春斗の事務所の仲間にキャッチされた。

「お前らも、やろーぜ!」

笑顔の春斗を見て、四郎は手を伸ばしたまま固まった。

「………トーシローさん」

四郎と同じ事務所のモデルは、ポンッと優しく四郎の肩を叩き、哀れみの視線を送った。



後日、春斗は自宅のTVから流れる映像を見て、ムンクになっていた。

「ん…のぉ~~~~~!!!」

先程帰宅した良斗が、今回の仕事の結果だと満面の笑みを浮かべて持ってきたのは、何故かDVDで…
流れてきたのは、春斗や他のモデルがバスケをしている姿だった。

「な?!え?!どーしてっ?!!」

あわあわと焦る春斗に対して、同じくリビングでTVを見ている桃香と良斗は嬉しそうであり、廉は笑顔のまま表情を崩していない。

「何で、こんなんある訳?!ってか、これCMだよな?!!」
「あぁ、そうだよ」

さも、当たり前だと言う様に、コクンッと頷く良斗。
若干、仕草が幼く見えるのに、何故だか似合ってしまうのは、やはり春斗の父親だからだろうか。

「何か、春斗達がバスケしているのを見て、スーツの形状記憶をアピールしやすいんじゃないかって事になったんだよ」

だから、皆に内緒でカメラまわしたんだよ~と、笑顔で言われても春斗は納得しない。

「しゃ、社長は?!」
「OK勿論もらったよ」
「俺はOK…」
「私が出したから、いーのよー」

母親だからねぇー。と、語尾にハートを飛ばしながら答える桃香に項垂れる春斗。
先程から、一言も発さない廉が怖すぎる。
恐々と首を動かすと、笑顔のまま廉はTVよりDVDを取り出した。

「良斗さん、このDVD。少々お借りしても宜しいでしょうか?焼き増ししたいのですが」
「あぁ、そのままあげるよ」

もう一枚もらったし。と笑う良斗に御礼を言い、スッと自然な動きで春斗へ近づく。

「さて、春斗君。ボクの部屋へ着ませんか?もう一度、ゆっくりとこのCMを一緒に見ましょうか」

何故ゴールをきめた人物が、春斗君にやたらくっついて喜んでいるのかについて…

「…廉サン?」
「大丈夫ですよ?明日の学校はボクがお送りしますから」
「?!!!!!」

では、春斗君をお借りしますね。そう2人に言い残し、サラリと脅える春斗を伴い家から出て行った。


同時刻…ゴール後、春斗に抱きついて喜んでいた人物…四郎も、同じようにCMを繰り返し見ていたりする事を、二人は知らない。




(6) 質問してみました。



仲の良いお二人に、お互いの何処を好きになったのか聞いてみました。

雪 廉の場合

「全部です」
「いや、あの…廉?」
「全部です」
「や、だから普通な見た目とか性格とかさぁ~」
「全部です」
「廉は、母さんの撮った俺の写真を見て…」
「全部です」
「………………」
「春斗君の、全てを愛しています」
「うん、もうわかったから」

廉さんの場合、話にならなくなるそうです。


金月 春斗の場合

「春斗君は、オレの何処を好きになってくれたんですか?」
「ん~、キレイなとこ?」
「綺麗…ですか?」
「おぅっ!最初は、すっげぇキレイでメチャメチャかっこいくって…」
「…………」
「んでも、一緒に居るとすっげぇ優しいし、すっげぇ頭いーし」
「…………」
「そんなとこかなぁ?」
「…春斗君、どうしてあげましょうか」
「え?」
「本当に、どうしましょうか…」
「どした?」
「とりあえず、春斗君」
「う?」
「ここでは色々と何なんで、あちらに行きましょうか?」
「ん?何でだ?」
「色々と…ありますから。色々と…」
「ん?おー」
「では、行きましょうか」

とりあえず、春斗の貞操が色々と大変になるそうです。




(7) angel



ホワイトクリスマスに、なるんじゃないか…
テレビからそんなアナウンサーの声が流れるのを聞きながら窓を見ると、確かにどんよりと重たい雲が空を覆っている。
暖かな室内から出る気もせず、ぼんやりと空を見つめていた。
クリスマス…そんな言葉が、今の自分には酷く不似合いな気がする。
段々とテレビから聞こえる『メリークリスマス』の挨拶でさえ煩わしくなって、カーテンを閉め直しテレビを消した。
何が楽しいか、わからない。
何が嬉しいのか、わからない。
一人で部屋に居るだけの自分が、無意味な存在になってしまった気さえする。
両親は仕事が忙しく、今日も残業だと言っていた。
双子の兄と姉も、仕事やデートで忙しそうだ。
そう言えば…ふと、昨日姉が気まぐれで買ってきた本があったことを思い出した。
珍しく、写真集だった気がする。
「ヒマでしょ?貸したげる」
そう言って机に置いていった写真集。
題名を見てみると、真っ白い表紙に金文字で『angel』と書いてある。
写真集だと言っていた割には、表紙には一切写真が載っていない。
パラ…表紙を捲った瞬間、言い様が無い衝撃が走った。
それは、人の笑顔の写真だった。
赤ちゃんも老人も、男も女も…日本人だったり違う国の人だったり…ニューハーフとかおなべとか言われる人とか、中には顔にとても大きな痣を持った人とかも居た。
綺麗な人ばかりではなく、醜いとさえ言われる人も笑顔で写っている。
ただ、ずっと笑顔の人が写っているだけの写真。
どの顔も幸せそうであり、何の憂いも悲しみも見つからなかった。
己自信を誇り、己自信を愛していた。
最後のページに写る、無垢な笑顔の赤ん坊の笑顔を見た瞬間、涙が溢れた。
嗚咽を漏らしながら、さめざめと泣いた。
落ち着いた所で、姉へ写真集を見たとメールして財布を取った。
本屋へ行こうと思う。
この写真集を買いに。
もう一度、あの笑顔に会いに。




(8) 年越し



「もーいーくつねーるとー♪」
ニコニコとしながら歌を歌う春斗と、それを楽しそうに横で眺める廉。
二人は今、初詣へと出かけていた。
周囲には山のような人、人、人…
正直、人ごみが苦手な廉にとてはこの状況はとてつもなく好ましくない状況である。
しかしなら、今彼がこの場を離れないのは、隣にいる恋人の春斗の存在が大きい。
「なぁ、なぁ廉!帰りにおみくじ引いてこうな!」
「はい」
「で、一緒に木に結びつけような!」
「はい」
「絵馬も書こうな!」
「はい」
「帰ったらカルタして、凧揚げして、甘酒飲んで」
「春斗君がしたい事、全部しましょう」
「おぅっ!!」
満面の笑みで己を見上げる春斗に、同じく笑顔で答える廉。
廉の笑顔を見ながら、春斗も幸せに浸っていた。
春斗自身、廉がこうして一緒に初詣に来てくれること事だけでも嬉しいのに、更に自分がしたいことは何でも一緒にしてくれるという。
これ以上の幸せはない。
「それで、春斗君」
人の流れに飲まれそうになる春斗をさりげなく引き寄せながら、廉は気になっていた事を口にした。
「何をお願いするんですか?」
「ん?」
春斗は廉にくっつきながら、首をかしげた。
「んなの『今年も廉と一緒にいれます様に』ってお願いするに決まってんじゃん!」
当たり前な事を、当たり前といった顔で告げる春斗に、廉は愛しさを募らせた。
「それは大変嬉しいのですが…春斗君、お願い事は言ってしまうと効力が無くなってしまうんですよ?」
「そうなのかっ?!!」
どうしよう!どうしよう!!と焦る春斗に、クスクスと廉は笑うとそっと耳打ちをした。
「そっか!!流石、廉!あったまいい!!」
「それじゃぁ、お願いしに行きましょうか?」
「お~!!」
しっかりと手を繋いで人ごみの中を進む二人。
願い事は同じもので。

「「ずっと、一緒に居れますように」」


あけまして、おめでとう。
今年も、来年も、その先も…ずっと、よろしく。




(9) 整理ととばっちり




眩しいぐらいの照明と、忙しそうに行き来する大人。
綺麗な人達とそれを撮る、俺のお母さん。
ちっちゃい時から、モデルって仕事をしていた。
最初は遊びの続きだったんだけど、最近は仕事って感じになった。
お母さんが「仕事をしよう」って言ったからだ。
俺のお母さんは、 カメラマンだ。
世界中から仕事が来るぐらいの、有名人だ。
だけど、お母さんは自分が嫌な仕事はしないって言っていた。
それでも、お母さんはたくさん仕事が来てる。
そんなお母さんは、仕事をする時はすっごく怖い。
俺が真剣にしてないと、怖い顔になる。
怒る訳じゃないけど「邪魔になるから出ていって」って言われたことがあった。
俺は謝ったけど、真剣に取り組めない相手とは仕事は出来ないって、追い出された。
でも、ホントに頑張るとたくさん誉めてくれる。
俺は、お母さんが大好きだ。

「……3年2組、金月春斗」
「ぐぁ~!!!だから、読むなってーのにっ!!!」
「良いじゃないですか。これにより、春斗くんの幼い頃の物の考え方や、モデルのお仕事に対するストイックさの根元が見えた気がするんですから」
「んなもん見なくていーんだよっ!」
「小学生の春斗くんの字も可愛いですね」
「いや、ちょっと、聞けよコラッ!」
「さぁて、次は何を読みましょうか」
「だから、やめろっつってんだろぉがよぉ~!!!」





(10) 勉強しましょ。



いつものごとく、春斗は廉のマンションへと転がり込んできており、そこで二人の甘い時間を…
「嫌だぁ~~~~~~!!!!」
過ごしている訳では無かった。
「眠い~、めんどくさい~、勉強嫌い~」
リビングのカーペットの足元で、ひたすら文句を言いながら転げまわっている春斗を見下ろし、廉は困ったように溜息をついた。
「そうは言いましても春斗君、今日この課題を仕上げないといけないってさっき言ってましたよね?」
「言ったけど…」
そう言って春斗が見上げたのは、ガラスの天板越しに見えるテーブルの上の課題。
3日前に教師より今度の授業で提出するようにと、言われたものだ。
ギリギリになって思い出したため、こうして廉の助けを求めに来たのだ。
「やっぱり、勉強嫌いなんだよぉ~!!」
廉の部屋に来たのはいいが、どうしても甘えが出てしまう。
せっかく廉と一緒に居るのだから、甘い時を過ごしたいと思うのは仕方がなかろう。
廉だって同じ思いのはずなのだ。なのに、こうして己に勉強をしろと言う廉。
今の春斗には、意地悪にしか聞こえなかった。
「それでも、やらなければならないものです。僕もお手伝いしますから、一緒に頑張りませんか?」
「………………。」
これだけ譲歩してもらっているのに、これ以上の駄々をこねる事は春斗にも出来ない。
しかしながら、やはり嫌なものは嫌なわけで…
うんうんと唸りだした春斗を見てクスッと微笑むと、廉はそっと春斗に近づいて耳元へと口を近づけた。
「もし、ちゃんと終わらせる事が出来たら、ご褒美をあげますよ?」
「……ご褒美?」
その単語だけで、春斗がピクリと反応を示す。
更にダメ押しと言わんばかりに、廉は囁く。
「この前、近くに美味しいと評判のカフェが出来たんです。ハンバーグが最高なんですって」
最近めっきり寒くなってきましたよね…アツアツのハンバーグとか、美味しいでしょうね…
まるで独り言のように呟くその声は、明らかに春斗に向けて放たれてはいる。
その事を分かっていつつも、大好きなハンバーグには勝てない。
ムクッと言うより、ガバッという勢いで起き上がると、春斗は机の上に置いてあった教科書やノートなどを広げだした。
「チーズと目玉焼きのハンバーグ!!」
「僕は和風にしましょうか」
「うっし!廉、ココ教えて!!」
「承りました」
現金だと言われようが、ハンバーグに釣られて頑張る春斗。
甘すぎると言われようが、惜しげもなく愛しむ廉。
二人での勉強は、それでいつも上手くいく。





(11) 花咲く頃



薄く柔らかな色の小さな花弁が、真っ青な空からフワフワと舞い踊る中、俺はゆっくりと坂道を上がっていた。
柔らかで暖かい風が心地いい。
「春斗君」
「?!」
風と共にふわりとやって来る優しい声。
振り向けば、そこには大好きな人。
「廉っ!!!」
高い身長に、しっかりと引き締まった体。
綺麗な髪と柔らかな声。
カッコイイけど、綺麗な俺の大好きな恋人。
嬉しくって、幸せで…思いっきり走り出した。
「レン!レン!!レン!!!」
何回も、何回も名前を呼んでその両腕に飛び込んだ。
「はい、はい。ちゃんと聞こえていますよ」
「どうしたんだ?何で?ココッ?!どうして?!」
「春斗君、春斗君。ゆっくり話して下さい」
日本語になっていませんよ。と笑う廉に、ぎゅーぎゅー抱きつきながら顔をグリグリと押し付けて嬉しさをぶちまけた。
「春斗君、大変嬉しいんですけども、大変くすぐったいです」
「うるせぇ~。俺の嬉しさを受け取りやがれ!!」
「はいはい。わかりました」
仕方が無いですねぇなんて言ってる廉の顔は、見なくても笑顔だって事がわかる。
なぁ廉。俺、今すっごく幸せだよ。
大好きな廉に出会えて、大好きな廉と一緒に要られて。
「ねぇ、春斗君」
「ん?」
「大好きですよ」
「俺も、そう思ってた所!!」
更にギュッと抱き締めたら、ギュッと抱き締め返された。
出会えた季節が再び巡ってくる。
また一年、愛しい日々を共に過ごそう。





(12) 記念日



『5月5日は、端午の節句です。男の子の健やかな成長を祈り、奈良時代から続く行事で…』

TVの中では、アナウンサーの女の人が笑顔で原稿を読んで、その次にちっこい子供が兜を被ったり、こいのぼりをあげている映像が流れた。
ゴールデンウィークの途中で、友達からも忘れられてしまう事が多いこの日…
“こどもの日”
この5月5日が俺の誕生日だ。
ダチからも時々からかわれるんだけど、別に俺が“こどもの日”生まれだから、子供っぽい訳じゃねぇ!
決して違う!!
俺は、こういう性格なんだよ!!
……違う。今はそんな話をしている場合じゃねぇんだ。
実は、今日は恋人の廉とのデートなんだ!!
昨日の夜、電話しながら日付けが変わった瞬間に一番に言ってもらったんだ。

「春斗くん、お誕生日おめでとうございます」
「春斗くん、この世に生まれてきてくれて、ありがとうございます」
「春斗くん、誰よりも…世界中の誰よりも、愛しています」

…今、思い出してもめちゃくちゃ嬉しくって、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。
そうやって、おめでとうって言った後にデートしようって誘ってくれた。

「明日は春斗くんの為に誕生日デートがしたいのですが、いかがですか?」

…ずりぃよな、この言い方。
疑問系な割には、俺の為とか言って断れねぇ事分かってるし。
ってか、そもそも廉からのデートの誘いを俺が拒否る訳ねぇの分かってて態々聞いてくるし。
ま、分かっててソッコーOK出す俺も俺なんだけど。
そんな事考えつつ準備をして、自分の部屋を出た。
リビングに居た両親にデートの事を伝えたら、めちゃくちゃにやけられた。

「気をつけて行ってくるんだよ」
「ん、わかった」
「春斗、廉君に『今日は、遅くなっても構わないから』って伝えといてくれる?」
「???」
「桃香さん、僕はまだ春斗を嫁に出す気は…」
「あら、良斗さん私はそろそろいいと思うんだけど?」
「でも、色々と順番ってのが…」
「?良くわかんえぇけど、いってきます!!」

何かごちゃごちゃ言ってたけど、無視して出てきた。
何でもいいが、邪魔だけはして欲しくねぇな。

そんなこんなで、出かけから騒がしかったけど、俺は何とか廉との約束に間に合いそうだ。

「廉!!」
「春斗くん」

待ち合わせ場所にはもう廉が待っていた。
やっぱ、廉って遠くから見てもイケメンだわ。
恋人自慢かもしんねぇけど、廉はその辺のヘボなモデルよりかっけぇって、俺は思ってる!!
ま、マジでイケメンだし。

「ごめ、待たせた?」
「いいえ、ちょうどボクも今来たところですから大丈夫ですよ」

爽やかに笑ってるけど、廉は多分何時間待ってもこのセリフ言うと思う。

「春斗くん、お誕生日おめでとうございます」
「ありがと。ってか、ソレもう何回目だよ」
「何度言っても、言い飽きないんですよ」

んな事、初めて聞いたぞ。
んでも、誰かに誕生日を祝ってもらえるのは、素直に嬉しいと思う。
それが大好きな人なら、なお更だ。

「そうだ!何か、母さんから伝言で『今日は、遅くなっても構わないから』だって。どういう事だろうな…って、廉?」

急に口元を押さえて真剣な表情になる廉に、ちょっとビックリして首をかしげると、またあの爽やかスマイルで笑いかけてきた。

「春斗くん、今日は色々と計画してきましたが、少しだけ予定を変更してもよろしいですか?」
「ん?お、おう…」

ってか、俺…今日の予定なんて最初から知らないんだけどな。

「廉に、任せるから!」
「はい。最高の誕生日にさせていただきますよ」
「お…おう」

何だろう…俺、何か失敗したかもしんねぇ。
俺、今年の誕生日…ちょっと怖いや。






(13) 幸せの味



パリパリパリ…
厚紙で作られた箱が、軽快に開けられていく。
ガラスを一枚隔てた向こうには、灼熱の太陽に照らし出された家々。
空調の効いた部屋で、ガサガサと袋を開ける音が響く。
「出た~!!!!」
それまで、いそいそと楽しそうに包装を解いていた春斗が、大きな声をあげた。
「どうかしたんですか?」
「ほらっ!ハートのペノっ!!!!」
そう言って、春斗が差し出したアイスのペノの箱。
その中には数箱に一つ入っていると言われる、珍しい形のハートの形をしたアイスがあった。
「これ見つけたら、ラッキーなんだぜっ!」
はしゃぐ春斗がパクっとアイスを頬張るのを見て、微笑んで眺めていた廉がすかさずその口に口づけた。
「んんっ?!」
程よく溶け出していたアイスをかき混ぜるようにして口づけ、顔を離して再び微笑む廉。
「本当ですね。幸せの味がします」
そう言って、顔を真っ赤にさせた春斗の頭を撫でた。

真夏の日の、特別な味。







夏のうちに、UPしときましょうかw
ラッキーアイスは、基本的に当たった事がありませんっ!!(涙




(14)晴れの日の事 



柔らかな春の陽射しを全身に浴びながら、コロコロとリビングに転がるその人物。
その姿がまるで猫の様で、クスッと思わず笑いが溢れた。
去年の今日では、あり得なかった光景…
去年の己では、考えられなかった日々…
この陽気に誘われて、穏やかに眠るその愛しい人物。
誰にも見付からないように、そっと隠してしまいたい様な…
大切な人だと、大きな声で言って回りたいような…
複雑で愛しいこの想いは、いつも幸せな気分にしてくれる。
眠る愛しい人は、ゴロリと転がり口を開く。
「う……にぃ~」
「ウニですか?」
「……う」
「う?」
「う……くらいな……」
「……ウクライナ?」
むにゃむにゃと、また寝る可愛い人に、クスクスと笑いを溢してまた空を見上げる。
こんな事も、愛しい。
幸せとはこの事なのだと、実感できるこの時間。
リビングには、変わらず暖かな陽射しが降り注ぐ。

天気のいい、ある晴れの日の事。




(15) 桂花



肌寒くなり、人々が冬の訪れを色濃く感じるようになる、そんな頃。
ふわりと、どこからか香る甘やかな風に、春斗は視線を巡らせた。
「…?春斗くん、どうかしたんですか?」
そんな様子の春斗を見て、隣を歩いていた廉もふと周囲に視線を巡らせた。
回りは一般的な住宅街であり、取り立てて春斗の気を引くようなものはない。
むしろ、その一瞬前まで春斗が一番気にしていたのは、コンビニ新商品の粗塩肉まんが売っているかどうかだけだったはずだ。
「いや……何か、いーにおいがすんなぁ~って思って…」
クンクンと香りの出所を探そうとする春斗に、あぁ…と廉は頷き微笑んだ。
「春斗くん、これは金木犀ですよ」
「キンモクセイ?」
ほら…と、廉が指差した先には、オレンジがかった黄色の小さな花を沢山に咲かせた木があった。
「あっ!見たことあるっ!」
「そうですね。住宅街などには比較的多いですからね。それにしても…もぅ、そんな時期なんですね」
ゆっくりと楽しむ様に金木犀の香りを吸い込む廉に習い、春斗も再び金木犀の香りを胸一杯に吸い込んだ。
特徴的な甘い香りは、二人に己の存在を伝えるかの様に強くなった気もする。
「そう言えば、春斗くんは初恋っていつですか?」
「うぇっ?!」
唐突な質問に春斗が慌てていると、廉はクスクスと笑いながら謝った。
「実は、金木犀の花言葉には『初恋』と言うものがあるんです」
「それでかよ…」
ちょっと照れたような春斗に、益々笑みを深める廉。
「他には『謙虚』や『真実』と言うのもありますね。さしずめ、春斗くんには『真実』辺りがピッタリですね」
「単純って言いたいのかよ。じゃ、廉には『謙虚』か?」
いいえ。そう言って、ゆっくりと近づくと、不意に春斗に口づける。
「『陶酔』……ですよ」
真っ赤な顔をする春斗を抱き締めると、廉はもう一度その軟らかな唇の感触を堪能した。



金木犀
「謙遜」「真実」「陶酔」「初恋」

_____

そろそろ、いい時期です。





(16) 甘い、甘い、幸福の味。



恋人の誕生日。
それは、時として自分の誕生日以上に待ち遠しく愛おしい日でもある。
そんな特別な日に、金月春斗は苦戦していた。


「う~ん………」
「春斗くん。無理はしなくてもいいんです よ?」
「いや!やる!!」
「でも…」
「やりたいの!!」
「そうですか…」

廉のマンションのキッチンで、春斗が何やら薄力粉と格闘しているところだ。

「えっと…薄力粉が60gで…グラニュー糖が70g?…うわっ!!多すぎた!!」
「………。」
「あぁ?バターを湯せんにかける?……湯の中に突っ込むのか?」
「……あの、春斗くん?」
「全卵て、何だ?…ん?何?」

何故か既に粉まみれになってしまっている春斗を見つめ、廉はそっと溜息をついた。

「何を、作ろうとしているんですか?」
「………ナイショ!!」
「材料から察するに…スポンジケーキの様ですね」
「何で、わかんだよ!!」

隠そうとしていたことなどすっかり忘れて素直に驚その様子に、廉は知らず笑いをもらして いた。 (桃香さんに聞いただなんて、言えませんね)
春斗がやってくる前に届いた、春斗の母親からのメールには、彼が何を思って居るのかがしっ かりと書かれていた。
気持ちは大変に嬉しいのだが、いかんせん廉の恋人にはお菓子作りの才能は欠落しているようであった。

「そうですね…春斗くん、良かったら僕もお手伝いさせてくれませんか?」
「え?!でも……」
「一緒に作れた方が、僕は凄く嬉しいのですが?」
「…じゃぁ、やろうぜ」
「はい。ありがとうございます」

春斗に許可を得ると、早々にキッチンへと入り、分量を正確に測っていく。

「じゃぁ、春斗君はこちらを混ぜていただいても良いですか?」
「お、おう」
「僕はこちらを用意しますので、その後はまた混ぜてくださいね」
「任せとけ!!」

笑顔で簡単な混ぜる作業だけを春斗にやらせて、自身は細やかな作業を着々と行なっていく。



昼過ぎから始めた作業は、夕を過ぎたあたりで ようやく終わる事が出来た。

「できた!!!!!!」
「はい、お疲れ様でした」
感無量と言った顔でケーキを手にする春斗と、ソレを微笑ましく眺める廉。
「春斗君、夕飯を作りましたから、ケーキはその後にしましょうか」
「おう!!…ん?廉、いつの間に夕飯作ってたんだ?」
「ケーキを作りながらですよ?」

着々と夕飯を盛り付ける廉に、ビックリ顔の春斗。

「…廉って、すげぇんだな」

何でも出来るし、完璧じゃん…
そう言って、何処かしょぼくれる春斗に、廉はそっと後から抱きついた。

「そんな事、ありませんよ」
「え?」
「僕だって、いじける事ぐらいあります」

春斗を抱きしめる腕を少しだけ強くして、耳元へと吐息を吹きかける。

「ん…やめ…」
「ねぇ、春斗君?」

耳元で囁かれる、何処か切なげな甘い声。

「な…に…?」
「僕、まだお祝いされてません」
「え?」

分からないといった様子の春斗に、少しむっとする廉。

「ちゃんと、お祝いの言葉…言ってもらっていないんですよ?」
「んっ!!」

耳を甘噛みされ、思わず身体が震える。
不意に動いたために落ちそうになったケーキを、間一髪で廉が支えた。

「廉!!」
「スミマセン。少し、いたずらが過ぎましたね」
開放するべく腕を開くと、春斗はそのままくるりと向きを変えて向かい合うような形となった 。
「春斗君?」
「廉…お誕生日、おめでとう」
「………」
「俺、廉に会えて、本当に良かったよ。これからも、ずっと、よろしくな!!大好きだぜ!!」

にっこりとヒマワリの様に満面の笑みを浮かべて、可愛らしくリップ音をさせてキスを送る春斗。
驚いた様子だった廉は、次の瞬間には蕩けるような微笑を浮かべて春斗を抱きしめた。

「ありがとうございます、春斗君。僕の大切な恋人さん」
「ちょ!廉!!」
「大好きです…大好きです……大好きです」
「うん、俺もだぜ」

再びギュウギュウと抱きしめる廉にテレながらも答える春斗。
甘い香りと雰囲気が、室内を満たしていた。

「大好きです!」
「分かったから、ケーキ落とすなよ!」
「勿論ですよ」

真っ白いホールケーキの上に、チョコペンで書かれた記号のような文字。
『れん たんじょうびおめでとう!!』
苦手な事だが、自分のためにと一生懸命してくれるその姿に…
何とか喜ばせたいと思っている、その心に…
満足そうな、その笑顔に…
廉は、愛おしさと幸福を感じていた。

「春斗君…」
「もう、何だよ」
「ケーキの後は、別のデザートが欲しいです」
「別の?何もねぇよ?」
「ありますよ…ここに、こんなにもおいしそう なデザートが」
「んっ!!!!」
「もしかしたら、ケーキより美味しいかもしれ ませんね」

顔を真っ赤にして口を押さえる春斗と、優しく微笑む廉。
誕生日の夜は、まだまだ先が長そうだった。





(17) 涙雨



雨だった。
誰がどうみても、雨だった。
間違えようもなく、しっかりと降り注ぐ大粒の雫は大地を潤し、植物に活力を与え、人に憂鬱をもたらしていた。
いつもは晴れ男であるこの人もまた、雨により鬱々とした様子で外を見ていた。

「………………。」
「春斗くん。そんなに外を見ても、雨はしばらく止みませんよ?」

知ってる~と、生返事をしながら未だに外を見つめる春斗に苦笑して、廉はキッチンへと向かった。

「雨…やまねぇな……」

ポツリと小さく呟き、ため息をつく。
窓ガラスは白い小さな丸を描いて、すぐに消した。

「春斗くんは、雨が嫌いですか?」
「ぬぅ~?」

どうぞ。と差し出されたマグカップに口をつけて、温かなミルクティーの味にホッとする。

「雨降らなきゃ夏に困んのはわかるけど…やっぱ、晴れのが好きだわ」
「そうですね…気分が滅入りますからね」

だーよなーと再びため息をつく春斗に微笑んで、同じ様に外を見つめた。

「昔さぁ、めっちゃオレがちっさかった頃なんだけどさ…雨って、神様の涙だと思ってたんだ」
「神様……ですか?」

意外な言葉に思わず見下ろすと、春斗は真剣に空を見つめていた。

「ほらさ、神様ってさカンペキじゃん?んで、スゴすぎる訳だろ?」

天気決めたり、人の願い聞いたり…

「んでもさ、時々疲れんじゃねぇのかなって。んで、そん時に悲しくなったりして、泣くんじゃねぇのかなって」

ま、ガキんちょの考えだけどな。そう言って、次の瞬間には満面の笑顔を見せる春斗に、廉はそっと微笑んだ。

「そうですね。完璧な神様でさえ泣きたくなることだって、あるかもしれませんね」
「だろだろ?」
「神様だって、泣いてしまうんです。春斗くんも、泣きたい時には泣いてもいいんですよ」
「………………。」
「神様には、慰めてくれる人がいないのかもしれませんが、春斗くんには僕がいますから」
「……うん」

静かにポロポロと涙をこぼす春斗を抱き締めて、外を見つめた。
外はまだ雨が降っている。

この雨が晴れる頃には、再び己の太陽が姿を見せてくれるであろう事を祈って。





(18) ささやかなる幸せ





サラサラと耳に心地よい小さな雨音は、昼ごろから既に春斗の耳へと届いていた。
願わくば帰るまでは…と切に願った祈りは、どうやら神様の耳には届かなかったらしい。
ガックリと肩を落としながら、下駄箱で靴へと履き替えた。
今日はきっと帰るまでには降らないだろうと高をくくって、傘を持たずに出て来てしまった。
友人は先に帰ってしまったし、これはもう濡れ鼠覚悟で走って帰るしかないか…

「……はぁ。うっし!!」

大きな溜息を吐いて、いざ走り出そうとカバンを頭に載せた瞬間、目の前に壁が出来た。

「うをぉ?!!」
「おっと…」

ぶつかった拍子に後へと倒れそうになる春斗を、すかさず支える謎の壁。
一瞬の出来事に、何が何やら分からなかった春斗も、背中に感じるぬくもりとその声に笑顔が洩れた。

「大丈夫でしたか?春斗君」
「廉!!」
「おやおや」

身体を起こす反動で、そのまま自身を支えていた廉に向かって勢いよくダイブする。
ビックリとした様子ではありつつも、廉は倒れることなくしっかりと支えなおす。

「何で?何で?何で、廉が学校にいんの?」
「お迎えに上がりました」
「お迎え?」
「今日、傘を持って出かけなかったと桃香さんが心配なさってましたから」

さも当然と言わんばかりに廉が差した傘は一つであり、こちらも当然といった様子で春斗はぴったりと廉の横に納まった。

「んでもさ、今日って大学あったんじゃなかったっけ?」
「今日は午前中だけでしたから」
「そっか」

にこにこと嬉しそうな春斗の表情を見て、午後の授業を休んで良かったと思う廉。
そんな事は露とも知らず、よりいっそう廉にしがみ付く春斗は心底幸せそうな顔をしていた。
下駄箱のある正面の出入り口から、正門までの道のりはさほど遠いものではない。
しかしながら、密着できる時間を堪能するように、二人とも普段よりゆっくりとした足取りで進む。

「んぁ、そう言えば廉って駅前に出来たクレープ屋の事、知ってる?」
「駅前のクレープ…ですか?」
「そ、クラスの女子が話してたんだけど、この前新しく出来たんだってさ」
「それは知りませんでした」
「んでさ、結構ウマイらしいんだよ」
「なら、今日は帰りに寄り道でもしましょうか?」
「マジで?!」
「えぇ。雨ですし、きっとお店も混んでいないでしょうから」
「早く行こうぜ!!」
「はいはい」


キャイキャイと、予定外のデートに喜ぶ春斗は、今にも走り出しそうな勢いである。
それを微笑ましく眺めながらも、廉は目の前にある車のキーを取り出してロックを開けた。
ガチャンッと無機質な音を立てた黒い扉を開けると、はしゃぐ春斗に声をかけた。
ぴょこんっと春斗が車に飛び乗ったのを確認してから、静かに扉を閉めて運転席へと回る。
シートベルトをつけてエンジンを始動させる間、何故か春斗は落ち着かない。

「どうかしましたか?」
「いや…廉の車ってレコサスだろ?かっけーなぁって思って」
「それは、ありがとうございます」
「俺も、将来こんなん乗りてぇなぁ」
「春斗君には、必要ありませんよ」
「えー、俺も運転してぇ!」

ゆっくりと車を走らせながら微笑む廉に、春斗は不服をひたすらに訴える。
信号が赤になり車を止めた瞬間、ぐっと身体を近づけて廉はその唇を己のそれで塞いだ。

「春斗君の送迎は、オレの楽しみなんです」
「………分かったよ」
「結構です」

何食わぬ顔で再び運転を再開する廉に、真っ赤な顔で俯く春斗。
こんなに可愛い顔を見れるのならば、雨の日限定のお迎えも悪くないと思った廉。

二人で居れさえすれば、何気ない事さえも幸せになると思えた。







(19) 






(20)