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トランプ

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  3. トランプ
~ 始まり ~



< 1 >


大国に囲まれた独立国家。
小さな、田舎の国。
特産品は、得な無い。
女王の国。

ソレが、ここ『クイーンハート王国』の周辺諸国からの評価だ。


『クーンハート王国』はその名の通り、代々ハートの女王が頂点に立ち、国を治める国だ。


世界的に見ても、女王を主体とする王位継承は大変珍しい。

それ故なのかは不明だが、領土は小さく他国との諍いになるような事はまず無い。

周囲を山と森に囲まれており、穏やかな気候のとても落ち着いた国だ。

民は小さな領土を守り、畑を作り、穏やかな生活を営んでいる。


そう、それがこのワタシが治める『クーンハート王国』という土地なのだ。


田舎小国の女王陛下。



「女王陛下、視察のお時間でございます」
「…分かりました」



豪奢な真っ赤なドレスの裾を翻して、侍従長を従えて大きな執務室を出る。

女王陛下と言われるたびに、偽りで彩られた己自身の罪を再確認させられる。



“女王陛下”



それは、ワタシにとってやけに重たい言葉だった。

一国を預かる立場についていると言う責任感と言うのは勿論、16歳のワタシが年長者に頭を下げられるという行為にも未だに慣れなかったからだ。

ただし、重みはそれだけではない。



“男の”女王陛下。



それが、ワタシの罪だ。





< 2 >


ワタシが育ったのは、城がある首都より数日馬車を走らせたところにある、片田舎の小さな村だった。

首都より国境の方が近いくらいのその村で、ワタシは何の変わりも無い、農家の一人息子として育った。

毎日、畑へと出かけ、自分達が食べる分だけの作物を育て、日が暮れれば家へと帰る…

雨が降れば、家の中で勉強をし、様々な話を両親とした。

そんな生活を一変させたのが、遠くはなれた首都にあるお城での話だった。


- お城で姫君様がご病気になられた。


そんな噂を、首都から戻ってきた近所のおじさんが話していた。

その時は、ただ同い年のお世継ぎである姫君様が早く良くなればいい。といった程度にしか思っては居なかった。

所詮、ボク自身にとって、お城での出来事はその程度の認識しかなかったのだ。




その噂から数日したある日、両親の元へと見知らぬ人物がやって来た。

対応した父は硬い表情だったし、母は不必要なほどボクの身体を抱きしめていた。

その人は父と話しをした後、早々に家を後にした。


「父上、どういったお話だったのですか?」


幼いボクは、知らない人の訪問に好奇心でいっぱいだった為、深く考えもせずにその質問を口にした。


「…お前を、連れ戻したいと言う話だったよ」
「……連れ、戻す?」


母はその場に泣き崩れ、父は強く拳を握った。
話の意味が分からず、首を傾げるボクに父は再び口を開く。


「お前は、私たちの子供ではない」


呪詛のような、言葉達。


「お前は…王家の子供なのだ」




聞くのではなかった。




ボクはその時、初めて己の投げかけた質問に後悔した。





< 3 >



父から聞かされた話しは、とても信じられないことばかりだった。

ボクは、王家の人間である事。

生まれて直ぐに、今の両親に預けられた事。

数日前に聞いた姫君様が、実は重い病で亡くなっていたこと。

他にも様々な話を聞いた気がするが、半分以上覚えていない。

ボクは、二人の子供ではなかった。

その事実が、一番辛かった。

しかしながら、父は容赦なくボクに話し続ける。


「…つまり、この国は指導者は女王しか容認しないのだ」
「それと…に、どういった関係が…」
「…リオン、お前は姫君様…リオネット様の、実の兄君様なんだ」
「!!!」
「双子を御産みになった、現女王陛下が直接、私にお預け下さったのだから間違いは無い」


淡々と告げる父の言葉が、苦しかった。


「お前は、明日この家を出る。そして、これからはリオネット様として、生きていくのだ」
「どういう…」
「男であることを隠し、姫として生きるのだ」
「何で…そんな…」
「それが、この国を救う為なのだ…」
「そんなの…そんなの、知らないよ!!」
「リオン!!」


もう、何が何だか分からなくなり、ボクは家を飛び出した。





真っ赤な夕日が眩しくて、泣きながら走って…

気がつけば、いつも遊んでいた丘へと来ていた。

既に、友人達は帰った後だろう。

誰も居ないと思っていた丘には一つだけ、小さな影が伸びていた。


「……リオン?」
「チビ…」


友人の中でも、一番小さなチビだった。





< 4 >


「君って、“せけんしらず”だね!!」

ふんっと小さな胸を反らして、妙に上からチビは言う。

「…なんだよ、弱いくせに」
「ソレは、関係ないよ!!」

ボクはチビに言える事だけ話した。。
ソレを静かに聴いていたチビは、おもむろに先程の言葉を言ってニッと笑ったのだ。

「俺の家なんか兄弟がいっぱいいるだろ?だから、もう何人か養子に出てるし、出稼ぎにも行ってる」
「そうだけど……」
「おじさん達は、本当の親じゃなかったかも知れないけど、今まで育ててくれたじゃないか」
「……うん」
「それに、遠くへ行っちゃうって言っても、首都だろう?他の国じゃないんだから、また会えるよ!!」

小さくて、可愛らしい容姿で、普段は守ってやってばかりのチビが、この日はやけに大きく見えた。

「大丈夫だよ。俺…必ず、会いに行くから」
「…うん」

叶う事はない、小さな約束。
それが無性に嬉しかった。

「だから…今度会ったら、必ず俺だけのモノになってね」
「?…うん」

意味はよく分からなかったが、大切な友との約束を一つでも多く作っておきたかった。

「ね、そろそろ帰ろう?」
「そう…だね」

既に日は落ちてしまい、徐々に周囲は暗くなっていた。
その小さな手を握り締めると、ボク達はゆっくりと家路へとついた。



< 5 >


次の日、言われた通りに迎えが来て、ワタシはそのまま王室へと入った。

リオネットとして。

それからは毎日が地獄のような日々だった。

礼儀作法の指導や言葉遣い。それだけでは間に合わず、政治や経済、様々なことについて学ばされた。
ワタシは寂しさを紛らわすように、ただひたすらに学んだ。

一度だけ、女王陛下と会いはしたが「そなたが…」と一言呟かれただけで、その後は姿を見る事すらなくなってしまった。

ただひたすらに、毎日我武者羅に過ごしているうちに、女王陛下が亡くなった。

本当に唐突だった。

その後は、あっという間だった。

喪に耽り一年した後、戴冠式を行い、正式に女王として君臨することとなった。

戴冠式当日に、長かった赤い髪を半分だけ切って男としてのワタシを再確認した。

ワタシは、男なのだ。

鏡を見つめ、男と女が共存するような自分の姿を見て、ひどく安心した。

まぁ、周囲の人間には、かなりこっ酷く説教されたが。

こうして、変わった髪形の偽りの女王が王冠を戴く事となったのだ。





「陛下…」
「クロード卿ですか」


ふと声をかけられて顔を向けると、そこには宰相のクロード・ディアモンド卿が居た。

前女王の頃より宰相と言う立場にあり、その天才的な才能を政治など様々なところで発揮している。

若いながらもかなりの切れ者だが、苦手意識を持ってしまう相手でもある。


「今回のトランプ兵の演習の視察ですが、私も参加させていただきたく…」
「……お好きになさい」
「ありがとうございます」


慇懃無礼に礼をとるクロード卿に、溜息をこぼしてしまいそうになる。

まるで、教師を前にする悪ガキのような心境になってしまう。


「陛下、今回の演習は見ものでございますよ」


説明に来た左大臣が、何やら嬉しそうに言った。

視線を動かせば、既に兵達が動き出している。

何をしているのかはよく分からなかった、模擬戦闘らしき事を行なっているらしい。


「今回のモノの中に、まだ格が無いながらも隊長格の者に比毛をとらぬ、腕の良いのが居るのです」
「ほぉ…」


一兵卒であるのに…一体、どんな人物なのだろうかと見ていると、あそこに…と左大臣が指を刺した。


「あの者…ですか?」


指差された人物は、細く引き締まった体格の人物だった。

随分と物腰が柔らかそうな、印象なのだが…


「はい、あの体躯に見合わず、良い腕を持っておりまして…」
「失礼します、左大臣殿」
「む?」


長々と話し出しそうな左大臣に向かって、クロード卿が穏やかに話しかけた。


「陛下の次のご予定がそろそろなので」
「そ、そうなのか。あの者の腕をご覧いただけなく、残念でございます」
「またの機会に」
「失礼致します」


クロード卿に伴われ、その場を後にした。

ゆっくりと見ていられる時間は無い。

今は、一つでも多くの仕事をこなす事が必要なのだ。

めまぐるしく仕事をこなし、ようやく寝室に戻る事が出来たのは、夜も遅い時刻だった。



< 6 >


まさか、この部屋へと侵入出来る者が居るとは、思いもしなかった。


女王の居室…しかも寝室ともなれば、かなりの警備がされている。

なのに、この目の前の若者は特に気にした風もなく、さも当然の如くといった表情でその場にいた。

執務を終えて、寝室へと入った瞬間、現れたその若者。


「貴様……何奴」
「…こんばんは、女王様」


悠然と余裕のある笑みを浮かべるその顔には、まだ若干の幼さが残る…


「此処が何処だか…ワタクシが何者かを知っての狼藉か?」


今は寝間着てはあるが、大丈夫…フリルで胸元等はわからないはずだ。


「えぇ。充分理解しておりますとも…」


此処は、女王様の寝室…

そして、貴方様は…


「可愛い男の女王様だってことも」
「?!」


ハッと男の顔を見ると、先程よりも深い笑みを浮かべている。

一歩、また一歩と近付く距離に、心臓が激しく脈打つ。


「可愛い女王様…私の顔に、見覚えはありませんか?」
「貴様の様な輩の顔なぞ…」


いや、待て。この顔…見たことがある。確か…


「そなた、昼の演習におった…」


そうだ。昼にトランプ兵の演習の視察で、此奴の顔を見たのではなかったか?

確か、隊長格の者に比毛をとらぬ、腕の良いのが居るのだと、左大臣が珍しく喜んでおったではなかったか?


「思い出されました?」
「一介の兵ごときが、ワタクシに…」
「全くもって、呑気なお人だ」
「?!!」


気がつくと、男の顔と天井が視界に入る。


「ご自身のお立場が、まだお分かりにならないようですね」
「何…を……」
「こう言う事ですよ…」


強引に合わされる唇。ぬるりと口の中を這いずり回る熱い舌。

身体を押し返そうとするも、掌から伝わる厚い胸板からは、それが出来ない事だと安易にうかがい知る事が出来る。

闇雲に叩けば簡単に手を固定され、足を動かせば、裾からは硬い手が侵入する。


「私は貴方の秘密を知っているんです」
「それが、なんだと言うのだ!この様な狼藉、万死に値する!」


同じ男なのに、己とは余りにも力が違う。

悔しくて、涙を堪えながら睨み付けるが、男は益々笑うばかり。


「大人しく、俺に抱かれて下さい」



そうすれば、全部秘密にしておきます。

これは、俺と女王様の秘密にしましょう?

大丈夫…誰にもバレません。


「だって俺、女王様の事が、大好きですから」


頭の中では、止めろと誰かが叫んでいる。

今更、何が怖いのだと誰かが冷たく笑う。

考えている様で、動かぬ思考。

冷静な様で、熱く猛る心。

ただ、仕事に追われるだけだった日々に、不意に現れた非日常。

そんな刺激が、正常な判断を鈍らせる。


「大丈夫ですよ。小さな秘密をつくるだけだ」


囁かれる、不思議な呪文。


「貴方様は、美しい」


ちゅっと音をたてて、触れる唇。


「大好きですよ、女王様」
「……約束しろ。誰にも申さぬと」
「神に誓って」


ニヤリ…そう表現するしか無い様な男の顔。

叫んで、人を呼ぶ事も出来たが…この男が入ってきた者に、秘密をバラしてしまうかもしれない。

ならば、今この瞬間を少しだけ我慢すればいい話ではないか?

ギュッと目をつむり、シーツを握る。

涙が溢れるのを堪えていれば、クスクスと忍ぶ笑い声。


「……何が可笑しい」
「だって、女王様…」


今の貴方…


「生娘の様に、純粋で可愛いんですよ」


カッと恥ずかしさで顔に血が上るのが分かったが、再び口を塞がれ犯される。


「んっ……はっ……」
「大丈夫…怖い事はしませんよ」


その代わり……


「気持ち良い事しか、してあげませんけどね」


その時程、後悔したことはなかった。


「大好きですよ、女王様」


過ちだったと思った時には、既に遅かった。



< 7 >


「あっ……も…やめ…」
「本当に?止めても、いいんですか?」
「…っあ!」


ぐちゅ…くちゅ…

白濁で指を汚しながら、それでもなおその動きを止める気はない。


「おねが…やめ…んんっ!」
「違うでしょう?止めないで…でしょう?」


後ろから抱きしめ、耳元へとそう囁けば、腕の中の細くか弱い身体はビクリッと素直に反応する。


「あぁ、可愛い…」
「んぁっ!!!」


キュッと少し強めに鈴口を刺激すれば、あっという間に全身を緊張させる。

この愛しい身体が、己の手で感じているのかと堪らない。


「女王様…すっごく可愛い…」
「ふざ…ぁっ……ふざ、けるなぁ!」


既に何回達したかなんて、覚えていない。

ただ寝衣を捲って表れた、可愛い女王様のソレを飽きもせずに可愛いがっているだけ。

身体を緊張させて感じているのだけれども、既にその中身はだいぶ前に出尽くした。


「ぁ…ん……」


快楽に流されない様にと必死に抵抗するその姿も、この手のひらの僅かな動きに翻弄される姿も…


「ゃっ…やぁ……」


愛しくて、愛しくて仕方がない。

時折、後孔の表面を撫でればビクリッと再び反応。

今すぐにでも、捻りこんでしまいたい…

そんな衝動を押さえつけて、今はひたすら手の中の可愛いソレを愛する。


「も…むりぃ……」


生理的な涙が頬を伝うのを、愛しいと感じるのは、既に狂っているからなのだろうか。


「まだ、こんなに硬いじゃありませんか」


嘘はダメですよ?と囁くと、本格的に泣き出してしまう。


「あぁ、女王様…泣かないで下さい」


俺は、貴方を泣かせたい訳では無いのですから。


「…んんっ……で、では…き、貴様は、なん……何の…ため…」


必死に話そうとする口を、己のそれで塞ぎこんで言葉を吸い付くしてしまう。


「だから、何回も言っていますでしょう?」


そう、繰り返し…繰り返し…

それは、甘い毒の様に…





「大好きですよ、女王様」











 ~ ロスト ~ 




< 1 >


「おはようございます、女王陛下」
「ん…」


どこか淡々とした声で告げる、侍女の声にひどく疲れた頭を起こしにかかる。

あぁ、朝が来たのだ…そう理解して、起きなければと思うものの、体がそれを拒んでいる。

侍女が室内を歩き、カーテンを開ける音。

カチャカチャと、ささやかに己の存在を主張しているカップやティーポット達。

コポコポとモーニングティーが注がれる。

それでも、ワタシの身体は起きる事を拒んでいる。


「女王陛下?」


いつに無いワタシの様子に、侍女すら訝しがっている。

ワタシだって、ワタシ自身に驚いているぐらいだ。

いつもならば、既に起き上がって書類に目を通していたりするのに…


「お加減でも、よろしくありませんか?」
「大丈夫です」


深く息を吐いて、何とか身体を起こすと枕を背に当てて座った。

正直、こうしているのも疲れる。

様々な事を考えて、現実から逃げ出そうとしてみたものの、結局は変わらない。




昨夜、一介のトランプ兵にこの寝室へと侵入を許すばかりではなく、ワタシ自身の身体を弄ばれたのだ。


「…悪夢であれば良かったのだが」


深い溜息と共に吐き出された言葉は、紅茶に小さな波を作るだけだった。

唯一の救いと言えば、最後まであの兵は、ワタシの身体に己の欲望をぶつけなかった事か…

そう。理由は分からなかったが、あの兵はワタシが何度絶頂を迎えようとも、何度拒絶をしようとも、己の肉体をワタシの中に入れ込みはしなかった。

ただ、ひたすらにワタシが達するのを眺めていた…そういった様子だったのだ。

妙に冷静な部分でそう観察していたワタシは、そんなあの兵の表情すらきちんと見ていた。

幸せそうですらあった、あの男の表情を…



ワタシには理解出来ぬ性癖ですら、この世にはごまんとあるのだ。

そう考え、とりあえずは今日の執務をいかにこなして行くかを考える事にした。





< 2 >


執務室で淡々と書類にサインを書き込み、気になる書類には再提出を要求していく。

隣ではクロード卿が抑揚の無い声で、隣国の問題や国内の状況などを報告している。

いつもと変わらない執務。

昨日と同じ、執務の様子。

ただ、いつも以上にはかどらないのは、体調のせいだろうか。


「…陛下、手が止まっておられるようですが?」
「分かっています」


クロード卿に指摘されて、慌てて再びサインを書く。


「……少し、休憩されてはいかがですか?」
「…?」
「あまり、集中出来ておられない様ですので」


呆れた様子でそう指摘されてしまえば、言い返す術を持たない。

ほぼ毎日の様に顔を合わせるクロード卿にそう指摘され、思わず溜息が出てしまった。

ふと顔を上げると、クロード卿が真っ直ぐにこちらを見ている。


「ワタクシの顔に、何か着いていますか?」
「いいえ。そう言えば、今朝承りました件について報告が上がってきました」
「!」


執務に取り掛かる前に、昨日の侵入者について調べさせていたのだ。

『昼間の演習に出ていた、年若い兵』に、ついて。

無言で報告書を受け取り、目を通す。


あの侵入者の名前は、アスペードと言うのか…


取り立てて、目立つような事は何も無い。

別段変わった事の無いその形一辺倒な報告に、興味は尽きる。


「こんなものか…」


唯一目を引くのは、その出身地。

そこに、懐かしい場所の名前を見つけて、少しだけふっと心が温かくなった。


「陛下?」
「…何でもない」


破棄しておけ。そう伝え、書類をクロードへと押し付けた。


今は、何も手出しなど出来ない。

女王の気まぐれだとして、一平卒を始末してしまう事はいくらでも出来る。

そう、ワタシが一言「首を刎ねよ!」そう言えば言いだけの話しなのだ。

しかし、それでは何かあったのだと言う様なものだ。

とりあえずは、このまま様子を見よう…そう考え込むワタシは気がつかなかった。

クロード卿がそんなワタシの様子を、じっと見つめている事を。





< 3 >



執務は進み、漸く本日の分を終える事が出来た。

時間はかかったものの、全て終える事が出来た分、満足感が大きい。

心地いい疲労感と、満足感に浸りながら寝具へと潜り込むと、大きな溜息をついた。

もう少しすれば、侍女が明かりを消してゆくだろう。

普段ならばそれまで起きているのだが、今日は疲れている。

このまま、眠ってしまおうと目蓋を閉じた瞬間、控えめなノックの音が室内に響いた。


「女王陛下、お休み前に失礼します」


そう声をかけてきたのは、先程まで考えていた人物。

そのまま、眠ってしまいたい…そう思ったものの、急な案件が入ったのかもしれない。

渋々ベッドに身体を起こすと、困った様子の侍女の顔が見えた。


「…何事です」


声に疲労感が滲んでしまったのは、仕方がないことだろう。

申し訳ございません…と、泣き出しそうな侍女に先を促す。


「宰相様が、お目通り願いたいとの事でございます」
「…クロード卿が?」


深夜、しかも就寝前であろう時間帯である事が容易に知れるこんな夜更け…

常識を知るものならば控えるであろう時間に、あのクロード卿が報室するなど常では考えられない事だ。


「急用なのですか?」
「急ぎお目通り願いたいと…」


それだけしかお話し下さらず…と、ますます泣きそうになる。

何事なのかは分からないが、あのクロード卿の事だ。余程の事情があるのだろう。


「お通ししなさい」


身支度などしている場合ではないのかもしれない。

ひとまずガウンを羽織ると、ベッドの端に腰掛けなおした。


「夜分遅くに、申し訳ございません」


少しして、先程の侍女に伴われてクロード卿が入ってきた。


「能書きは結構です。こんな時間に…しかも、ワタクシの私室へとやって来たからには、余程の話なのでしょう?」
「まずは、人払いを…」


ふと昨夜の出来事が思い出されたが、そんな事を気にしている場合ではないのかもしれない。

扉の近くで控えている侍女に目をやる。


「……下がりなさい」
「しかし!」
「よいから、下がりなさい」


食い下がろうとする侍女に、はっきりそう言ってやると渋々ながらも下がった。

婚姻していない男女が、深夜に一つの部屋に居るという事は、問題になるやもしれない…

しかしながら、ワタシは所詮男だ。

昨夜の事は棚に上げながら、そうたかを括ってクロード卿と向き合った。

侍女が次の間からも出て行ったのを確認すると、クロード卿はふっと苦笑するように笑った。


「…陛下、いくらなんでも無防備すぎるとお思いになりませんか?」




< 4 >


「陛下、いくらなんでも無防備すぎるとお思いになりませんか?」


クロード卿が放ったその言葉の意味が理解できず、相手を見ることしか出来ない。

…どういう意味だろうか?


「この様な時間に、寝巻き姿のまま男を招くなど…無防備だとはお思いになられませんか?」


昨夜、侵入者を許したばかりだと言うのに…

なぜ、その事を。そう言いそうになり、ぐっと我慢する。


「何の事です?」


知っている訳がない。そう。昨夜の事を、クロード卿が知るわけがないのだ。


「知らないとでも、お思いですか?」


ニヤリ…そう表現するのが正しいような笑いを口元へと貼り付け、クロード卿がゆっくりと近づいてくる。


「以前、申し上げましたでしょう?外交や内政、家臣との関係ですら、情報を持つ事が肝心なのだと」


ベッドに近づき目の前にまでやって来たと思った矢先、抵抗する間もなく押し倒されてしまう。


「なにをっ!!」
「昨夜この部屋で致した事を、するまでです」
「!!!」


ヒヤリと背筋に冷たい汗が流れる。


「あの、アスペードなる雑兵如きに、先を越されてしまったのは気に食わないが…」
「何を、馬鹿なことを言っているのですか!」


人を呼ぼうと開いた口は、クロード卿の大きな手で覆われてしまう。


「おや?ここで大声を上げても、宜しいのですか?」
「?!!」
「可愛い女王陛下の、本当の性がばれてしまっても宜しいのですか?」
「!!!!」


何故だ…ワタシの性別の事は、この城勤めの長老方とワタシ、侍女長にしか知らされていない事実だと言うのに…

そんな事を考えている間にもふんだんにレースが使用されたネグリジェは、クロードの空いている手によってスルスルと脱がされている。

こんな時に人を呼ぶのは、確かにまずい…

口を閉じて、ぐっと奥歯をかみ締める。


「賢明な、ご判断ですね…」


満足げに笑うクロードの顔が、憎い。

ひと時、我慢をすればすむ事ではないか…

犬に噛まれたとでも、思えば良いのだ…

そう、自分に言い聞かせながら、目をつぶる。

悔し紛れに、声が震えないようにお腹に力をこめて質問をする。


「…知っての通り、ワタクシは男なのですよ?」
「存じ上げておりますが?」
「では、何故?」


何故、男のワタシを抱こうというのか。


「さぁて、何故なのでしょうね…」




< 5 >


「…ぁっ……っっ!!」


ゆるゆると手のひらで包み込まれ、ささやかな刺激を受けているだけだというのに、ワタシのソレは既に何度か絶頂を迎えていた。


「っっ!!!!!」
「あぁ、またイってしまわれたのですか?…ひどく、イヤらしいお方だ…」
「!!!!!」


クロードの手のひらで性を吐き出してしまったうえ、耳元で囁かれた言葉に益々羞恥が煽られる。

前日にアスペードが快感を受ける術を、ワタシの身体に刻み込んでいったことが災いした。


「私を目の前にして、他の者の事をお考えですか?」
「!!!!んぁぁっ!!」


それは、妬ける…クスリと小さく笑うと、きゅっとワタシのそれを握りこむ。

ベッドに膝をついて、腰を上げさせられている今の態勢ではクロードの表情を伺う事は出来ない。


「ここは随分と可愛らしい反応をされるのに、もう片方は全然といった様子ですね?」
「な、に…んっ…ぁ…」


半分ふわふわとした意識の中、意味が分からず聞き返そうとすると、ぬるりと白濁に汚れた手が動く。


「こちらの事ですよ」
「?!!!」


クイッと後孔に入り込んでくる異物に、一瞬にして意識が戻る。


「気持ちわるい!!!」
「おや?…そうですか…」
「これは…これは…」
「う…ぁあ……」


本能的に逃げようとするワタシの腰を捕まえて、何処か嬉しそうな声すら出している。

クニクニと体内で動く何かに、ひたすら気持ち悪さが身体を這いずり回る。

内臓を直接触られるような、不快感…


「陛下、力をお抜き下さい」
「む……むり!!」
「おやおや…」
「!!!!!!」


泣きそうな程の不快感と戦いながら、必死に逃げようとするワタシを気にも留めず、クロードは更にクニクニとした動きを続ける。


「!!!あぁあぁ!!」
「あぁ。ここですか…」


いきなりビクリッと背筋が跳ねるほどの快感が走り、驚いて声が出る。

その隙を狙っていた様子で、クロードから与えられる刺激が益々強くなってゆく。


「ぁ…ぁん…んん…!」
「本当に…イヤらしい…」
「?!」


何事か囁かれると、くるりと身体を反転させられ、視界に天井とクロードの顔が映る。


「そろそろ、本番と参りましょうか」


両足を持ち上げられ、膝が胸へと付くのではないかというほど曲げられる。

今は何も無い後孔に、熱くヌルリとした何かが当てられている事が分かると、一気に体中の血の気が引く。


「ゃっ!!」


恐怖に腰を引くが、ワタシのモノを握る手が緩急をつけて扱き出すと、徐々に力が抜けていった。


「挿れますよ?」
「ぅぅう…」


硬く目を瞑ってはいるものの、徐々に己の中に入っていく様を感じると気持ちが悪いとしか思えない。

生理的に溢れる涙を拭うことも出来ず、ただ気持ち悪さと戦っていると、不意に暖かな手のひらが頬を撫でた。

ゆっくりと前後するその動きに、ただただ苦しい。


「ぁ…ぅぅ…ん…」
「っく……いい締め付けですね」
「!!!!」


きっと今のクロードの顔は、満足そうにひどく歪んだ笑顔なのだろう…

そう考えるだけで、悔しさと恥ずかしさに益々涙が溢れる。


「苦しいですか?」
「気持ち…悪い…っ…に、決まって…でしょう!!」
「もう少しの、辛抱ですよ…」


すぐに、気持ちが良くなります…意外なほど近い位置で囁かれた声に、ビクリッと反応してしまう。

目を閉じている分、耳が敏感になっていえるのだ…


「っくぅ…ぅぅぁ……」


ひどく緩慢な動きは、何かを探っているようにも、待っているようにも思える。

そんな中で、徐々に不快感が収まっていく。


「ん…ぅ…ぁ……」
「そろそろ…いいでしょうかね」
「な…にが…?!!」


動き方を変えた?そう思った次の瞬間、先程イヤというほど味わった感覚が背筋を走った。


「ぁあ!!」
「あぁ、ここでしたよね。お好きな場所は」
「や…ゃめっ!!」


怖いほどの痺れは、絶え間なく続く。

必死に抵抗するも、痺れは“快感”という名の毒に変わる。


「も、ゃ…ゃらぁ……」


気持ちがよくて、しかしながらその思いを知られるのがイヤで、必死に抵抗する。

しかしながら、クロードはその動きを益々早めてゆく。

首を左右に振り、全身でイヤだと訴えてみるものの、動きは止まることなど無い。


「ゃ…ぁ…ぁあん!!も…ぁあん……ゃ…らぁ…!!」
「可愛い人だ…イヤだとは言いながらも…っく…こんなにも締め付けていますよ?」
「ひゃぁああん!!」


くるりと結合された部分を指で撫でられると、更に甘く痺れる。

徐々に高まってゆく快感には逆らえず、再び絶頂が近い事を感じる。


「も、イク!イクのぉ!!」
「おやおや、もうですか?」


では、いきましょうか…そう囁くと、ワタシの感じるところを重点的に責めだす。


「あ!!ぁあああ!!」
「どうぞ、おイきください?」
「ぁ……ぁあ……あぁあああ!!!」
「…………っく!!」


頭が真っ白になり、中に何か熱いものを感じながらイってしまった。

ぼんやりとした意識が、徐々に夢の中へと引きづられていく中で、ふんわりと暖かな何かが全身を包み込んでくれた気がした。



< 6 >


朝が来ていた。

これ程までに起きたくないと思ったことは無い。

いや、すべてが悪夢だったと思いたかった。

一度ならず、二度までも…そう苦しく思うも、己で決めたことだからと諦める。

あちこちが痛む身体で寝返りを打つと、昨夜とは違う寝衣に違和感を覚える。

そう言えば、身体も綺麗になっている。

このまま、もう一度寝てしまおうか…。

叶わぬ事を考えながら、深く深く息を吐いた。

今、この部屋にはワタシしかいない。誰一人として、この部屋に居る気配を感じない。

それでも、この部屋に居れば、昨夜の行為やアスペードとの行為も全て思い出されてしまう。

仕方がないものの、溜息しか出てこない。

執務室へ行けば、きっとクロードが居るであろう。

再び顔をつき合わせるであろう事は、分かりきった事だ。


「おはようございます、女王陛下」


侍女の声が聞こえる。

身体が、重い。


「陛下?」
「…おはよう」


気持ちを切り替えよう。昔から、やってきたではないか。

女の仮面を付け、ドレスという衣装を身に着け、女王という役を演じればいい。


「今日の、執務内容は?」
「本日は…」


淡々と答えだす侍女の言葉を聴きながら、深く深呼吸をする。

大丈夫。ワタシには出来るはずだ。








~ 呼び方 ~



< 1 >



あの日から、ひたすら執務へと打ち込んでいた。

何も考えず、何も思い出さないようにただひたすらに…

しかしながら、忘れようと思えば思うほど二人との行為が思い出されて仕方がなかった。

今までと、なんら変わらない日常。

その中にあるワタシ自身が、異常な気さえしてしまう。


「…はぁ」
「いかが致しましたか?」
「…何でもありません」
「左様ですか。では、次の案件でございます」


淡々と告げられる報告を聞きながら、再び出そうになる溜息を我慢する。

時折、執務中にクロードと出会う事はあるものの、他の者と共に居れば以前と変わらぬ様に接する事が出来た。

あの兵…アスペードとは、アレから会う事が無い。

元は、一兵卒である。

正当法で女王と謁見しようとするならば、かなりの地位の騎士へとならなければならない。

…そう、正当法では。

どの様にやって来るのかは不明だが、ヤツがいつ来るとも分からない。

落ち着かない日々を過ごす中で、徐々に疲れが溜まっていった。





< 2 >


落ち着かない、不安定な時間を過ごしていた中で、それは再びやって来た。


「お久し振りです、女王陛下」


闇夜に混ざって、再び寝室へと潜り込んできたその人物。

以前、見た時と何ら変わらない様子でやって来た人物。


「………アスペード」
「名前、知っていて下さったんですね」


にっこりと、何処か嬉しそうにも見える笑顔を見せながらアスペードは、ゆっくりとベッドへと近づいてきた。


「それ以上、近づく事を禁じます!」


つい先程、侍女が明かりを消したばかりだから、まだ近くに控えているはずだ。


「今、声を上げれば直ぐに誰かが駆けつけるでしょう」
「そんな事をしても、宜しいので?」
「……もう、いいように弄ばれるのは充分です」


そう、目の前のこの男と良い…クロードと良い…


「女王陛下?」
「ワタクシは……お前達の、人形ではないのです!」
「………お前“達”?」
「何故、お前と良いクロードと良い、ワタクシの事を弄ぶのです!」


語気も荒くそう言い放つも、アスペードの様子に何故だか気味の悪さを感じる。

何か…変だ。


「この前の事…そして、今日の不法侵入の事。どちらも不問に処します。今後、一切ワタクシの前に…」
「…宰相殿と、何かあったのですか?」
「なに…を」
「クロードと…名前を呼ぶような、何かが?」
「っ?!」


両肩に鈍い痛みを感じたと思った次の瞬間には、アスペードに押し倒されていた。


「貴様!何のマネだ!!」
「…もしかして、ヤツに抱かれでもしましたか?」
「!!!!!」
「あぁ…そういう事ですか」


己でも舌打ちしてしまいそうな程の反応を見て、アスペードは我が意を得たりとばかりにニヤリと笑う。

どこか薄暗い闇を思わすようなその笑いに、ヒクリと息が詰まる。


「す…好きでやられた訳ではない!!」
「へぇ…認めるんですね」
「!!!」
「では、本当かどうか…その身体に聞いてみましょうか」





< 3 >


「何故、声を我慢しているんですか?」
「んっ……んぁあ……」
「ほら、声」
「ぁああ!!」


ぐりっと先端を刺激され、それまで我慢していた声が出てしまう。

両手を拘束され、ベッドに縛り上げられ、足を広げさせられて…

羞恥心と屈辱的な態勢に、涙があふれそうになる。


「あぁ…可愛らしいお姿ですね」


にっこりと笑うアスペードに、悔しさが募っていく。


「こんな可愛いお姿…他のヤツなんかに、見せたくなかった…」
「ぁあああ!!!」


再び、グリグリと押さえつけられる様に刺激を与え続けられ、知らず腰が揺れる。

既に何回か性を吐き出しているはずのソレは、未だに首をもたげて貪欲に刺激を求めている。


「もぉ…やめぇ…や、やらぁぁ……」


慢性的な刺激から逃げたく、ただ訴えるしか出来ない。


「可愛いココも、あの人に触ってもらえたのですか?」
「らめぇ…そこ……ぁっ…?!」


両足の間に身体を滑らせ、ワタシのソレへと顔を近づけたかと思ったら何のためらいも無く口に含む。


「や、やめっ!!んんっ!!!」


クチュクチュと卑猥な音を響かせて、わざとらしくソレを出し入れするアスペードに、再び射精感が高まってくる。


「ひゃぁあぁあああ!!!」


あっさりと放出した性を、コクッと小さく音を立てて飲み込む。

荒い息を整える間もなく、再び指と舌で意図を持って動かされれば、頭とは裏腹に硬度は増す。


「も…やぁらぁ…」


何度、拒否の言葉を繰り返そうとも、アスペードの行為が止まらない事は、分かっている。

しかしながら、その言葉しか知らないように、ワタシは言葉を繰り返し呟く。

そのうち、ゆっくりと指が後孔を解し始めると、ただ喘ぐ事しか出来なくなっていった。


「ぁあん…あぁ…んっ……」


気持ちがいい…

クロードの時には、不快感しか感じることの無かったその行為にも、快感を感じるようになっている…

未だにアスペードの口内にある己のソレも、優しくゆっくりと内側を探られ解されている後孔も、すべてが気持ちいい。

快感を与えるために動いているのだから、当たり前なのかもしれないが…

それでも、明らかに身体は違いを分かっていて反応を示す。


「んあぁああ!!!!!」
「……ぁあ。ココですか?」


アスペードの指が、内側の気持ちがいい部分を掠めて、腰が跳ねる。

口から離されたモノは、痛いほど持ち上がって己の腹にパタパタと白い涙を流し始める。


「こんなにイヤらしく悶える女王様は、本当に淫乱でいらっしゃる…」


わざと、感じる部分を避けるようにくちゃくちゃと指を動かすアスペードは、薄く微笑んですらいる。

一度指を引き抜かれ、再び指を増やされてバラバラに動かされれば、もう頭は動く事を止めたいと訴えだす。

屈辱的でしかなかったその行為に、己も腰を振っていつの間にか耽っている。

誰に言われるまでも無く、誰に強要されているわけでもなく…

それでも快感を求めて、気持ちがいい所に触れて欲しくて腰が動く。

…足りないのだ。もっと、欲しい…

己のその感情に戸惑いを覚えながらも、欲望は着実に心も蝕んでゆく。


「…随分と、物欲しそうですね」
「?!!」


己の感情を読まれたかのようなその言葉に、ビクリと身体が反応する。


「欲しいのですよね?」
「なに…を…」


アスペードの笑いに、誤魔化す事など出来ないと悟る。


「では、オレのお願い。聞いてくれたらあげましょうか?」


カチャカチャと衣服を緩めながら、滾る己を取り出すアスペードはそう言うが…


「お…願い?」
「はい。とても、簡単な事ですよ。読んで欲しい名前があるだけです」
「なま…え?」
「アッシュ…そう、オレの事を呼んで下さい」
「ぁ……」


熱いソレが後孔にあてがわれ、期待に声が漏れる。


「ほら、お願いを聞いて下さらないと、オレも答えられませんよ?」


理由は良く分からないものの、今のワタシはその熱を激しく求めている。

断る理由など、ありはしない。


「ぁ……アッシュ…」
「!!!」


小さく、囁くようにもれ出た名前は、胸になにか暖かいものを残した。

覆いかぶさるように足を持ち上げられ、そのままクッと中へと入れられる。

容赦なく深く侵入してきた熱は、呼吸を忘れてしまうほどの快感を体に刻み付けてゆく。

すべての息を奪うような快感に、意味を成さない言葉が漏れる。

それでも、どうしても…少しでも、出したい言葉がある。


「ア…シュ…ぁあんっ!あ、あぁ!!…あっ…しゅぅ!!」


何度も、何度も…繰り返し吐き出す言葉は、祈りにも似た何かに聞こえる。

抱きしめるという事が出来ないとは、なんともどかしい事なんだろうか…

拘束された両手がもどかしく、ひたすら名を呼び、口づけを求め、腰を振る。


「…います…て、……す…愛している……」


アッシュが繰り返し囁く言葉が、途切れ途切れで耳に入る。

意味の理解など、当に放棄してしまった。


「ぁあ…もぉ、い、いっくぅ!!いっちゃぅう!!!」
「沢山、イッて下さい」
「っあっあ!!ああぁぁああああああ!!!!」
「っっっぁぁあ!!」


腹の上にはパタパタと白い欲が振りまかれ、中にはドクドクと熱い想いが注ぎ込まれた。





< 4 >



目が覚めると、暗い室内でベッドサイドにアスペード…アッシュが座っているのが見えた。

月明かりは明るく、優しい光を室内へと運び込んでいる。


「ア…シュ?」
「あぁ…起こしてしまいましたか?」


申し訳ございませんでした…そう困ったように笑う姿は、先程までとは別人のようだ。

ふと情事の時に囁かれた言葉を思い出して、顔が熱くなる。

アレほどまでに、激しく感情を伝えられたのは初めてなのだ。


「陛下?」


不思議そうに顔を覗き込まれて、ますます困ってしまう。

無理やりに、犯されたのだ。

それを思えば、当然の事ながら怒りや憎しみ、憎悪や嫌悪。そういった類の思いが生まれると思っていた。

しかし、今胸を占めるのは疑問。

何故、男の身である事を知りながら、ワタシを抱くのだろうか?

何故、『愛している』などと、言葉を紡げるのか…

分からない事は多かったが、直接聞いてしまえる勇気も無かった。

結局は、アッシュの顔を見つめるだけで終わってしまったのだ。


「陛下、もうお休み下さい。明日も御政務がございますでしょう」


ずっと拒絶していたはずの男に頭を撫でられながら、どこか心が落ち着いてゆく感覚を味わう。

安心感と呼んでもいいそれに、ひきづられて夢の扉が近づいてくる。

柔らかな感触を額に感じた気もしたが、既に目蓋を開ける気力も残っていない。


「おやすみなさい、僕の女王様」


甘く、優しい囁きが、ひどく耳に心地よかった。




~ 相談 ~




< 1 >


この間からクロードやアスペード…アッシュに良いようにされてきている。

二人ともワタシの秘密を知りながら、それでも女の様にワタシを抱いた。

その秘密を公にすることもないため、以前と変わらぬ日々を過ごす事が出来ている。

二人が何を考え、何を思って居るのかなど分からないため、下手に動く事も出来ない…。


「…はぁ」


一人、溜息を吐き出す事しか出来ないワタシは、執務室の窓から外を見つめた。


「!!」


そこに、とある人物を認め、急いでその場を後にした。





「トマじい!!」
「おぉ!久し振りじゃの、リオ坊」


窓の外に認めた人物に手を振り、その傍へと駆け出す。

慌てて服をみすぼらしい物に着替えて帽子を被ったのは良かったが、誰にも何も話さず出てきてしまった…。

少しだけ…少しだけだ。

そう自分自身に言い聞かせ、トマじいの下へと急いだ。

トマスさんはこの城の庭師であり、ワタシが初めてこの城へとやって来た時からの知り合いだ。

正体を隠して、男として正直に自分自身のことを話せる唯一の相手。

トマスさんは、ワタシの事をどこからか紛れ込んできている兵の子供辺りだと思っている。


「元気しとったか?」
「もちろん!トマじいは?」
「わしゃ勿論、この通りじゃて!!」


カッカッカと快活に笑うトマじいに、先程まで沈んでいた気持ちが浮上するのを感じる。


「何じゃ、リオ坊。何か悩み事でもあるのか?」
「え?」


ぼんやりと笑うトマじいを眺めていると、心配そうな表情で顔を覗き込まれてきた。


「リオ坊は、素直じゃからな。悩み事があると、ちゃーんと顔に書いてあるんじゃぞ?」
「そ、そうなの?!」


ビックリして思わず顔に手をあててみると、トマじいが豪快に笑い出した。


「うそじゃ、ただのカマをかけただけじゃて」
「トマじい!!」
「かっかっかっか!!」


真っ白な髪がその笑いに合わせて揺れるのを見て、何故だかワタシも笑えてきてしまった。




< 2 >



トマじいと場所を移して話をしようということになり、庭園の垣根の木陰へと腰を下ろした。

ここまで勢いで来てしまったのだが…

正直に今抱えている悩みをそのままトマじいに話す事は、出来ないであろう事はワタシ自身が良く分かっていた。

しかしながら、誰かに聞いてもらいたいという思いが勝ってここまで来たのだが…


「リオ坊、茶でも飲むか?」
「ううん……いいや」
「そうか?」


柔らかな笑顔を浮かべたまま、トマじいは急かす事もなく、何も聞かずにワタシが話し出すのを待ってくれている。

申し訳ないと思いながらも、言葉がなかなか出てこない。

とりあえず、言える範囲で話してみようと意を決してワタシは口を開いた。


「実は…二人の人から……こ、告白されてるんだ」


いけない…トマじいに、『二人の人から、迫られてる。しかも、どちらともすんでいます』なんて、言えない。

少しだけ、事実を湾曲させながら話す。

これぐらいなら、問題ないと思う…多分。

トマじいに心の中で謝りながらも、ワタシは話を続ける。


「一人は年上で…前から、優秀だと思ってた人。もう一人は…最近、知り合ってちょっと分からない人かな?」


間違ってはいないだろう。


「年上の人は、前から知り合いだったけど…ボク自身をそんな風に見ていると思わなかったんだ。仕方がないから、一緒にいるだけだって…」


クロードは、最初から怖いけれど凄い人だと思っていたんだ。

出来の悪い女王の補佐を、渋々やっているだけだと思っていたのだ。

性欲の対象になっているなんて、思いもしなかった。

いや、それだけではないのかもしれない…

時折、ゾクリとする程に真っ直ぐ見つめられるその瞳の中には、静かに燃える炎の様な熱が宿っているような気がするのだ。


「最近知り合った人は…なんだろう、ちょっと分からないんだ。すっごく意地悪なんだと思ったんだけど、実は優しかったのかなって思う時もあったりして…」


アッシュは、本当に不思議だとしか言いようがない。

最初に姿を見てから、その夜の突然の侵入。

最初は、怖く恐ろしいかった…

しかしながら、ワタシを見つめるその瞳に時折胸が騒ぐ気がするのだ。

無性に優しく、愛しいものを見つめるような優しさが見えるような気がするのだ。


「ボクは…二人とも、良く知らない。知らないから、どうしたらいいか…分からないんだ」


そう、二人が何でワタシを求めるのかが分からない。

どちらもワタシが男の身で女王をしているという事実を、公にしようとはしない。

いつ何時に世に広められるか…不安は常に付きまとう。

だから、ワタシは二人に対して強く出られないでいるのだ。




< 3 >


静かにワタシの話を聞いていたトマじいは、ふぅむ…と一つ唸ると、綺麗に晴れ渡った空を見上げた。


「その二人は、それでもリオ坊の事を好いたで、告白したのじゃろ?」
「…それも、どうか分かんない」


好き、嫌いだけではないのかもしれないのだ。

何らかの目的があったから、ワタシに接触してきた可能性だってある。

女王という立場上、様々な権力や富が集まってくる。

もしかしたら、それらが欲しいのかもしれないのだ。

ワタシ自身の弱みを握ったり、ワタシ自身を服従させる事で、それらを自身の思うままに操りたいと思っているのかもしれない。

そのついでに性処理も出来れば一石二鳥だとでも、思っているのかも…

真相は分からないが、そういった可能性もゼロではないのだ。


「それでも、少なからずその人達はリオ坊の事を好いているから、思いを告げてきたのじゃろう?」
「…そうなのかな?」


いや、欲だけなのかもしれない…


「嘘、偽りだけでも思いを告げることは出来る。じゃが、リオ坊がそんなに悩んどると言う事は…」


その二人…どっちも、リオ坊の事を好いとると感じているからなんじゃないのか?

そう言って微笑むトマじいに、言葉が出なかった。

好いている?本当に、そうなのだろうか?


「…分からないよ」


分からなかった。本当に、分からなかった。

クロードの気持ちも、アッシュの考えも…ワタシ自身の思いさえも、分からなかった。

思わず俯いたワタシの頭に、ポンッと優しく暖かいトマじいの手のひらが乗せられた。


「…トマじい」
「そんなに、不安そうな顔をするもんじゃない」
「…………。」
「大丈夫じゃよ。そのうち、分かるようになる」
「……うん」


理屈は分からなかったけど、優しく撫でられるその手のひらに、ひどく安心した。


< 4 >



ワタシが子供の様に頭を撫でられ続けていると、


「おや?」


と、突然トマじいがふと手を止めて遠くを見る仕草をした。


「ん?トマじい?どうかし…」
「リオン!!」
「アッシュ?!」


遠くから走ってくる、その姿はアッシュだった。

とこか、必死さをも感じるようなその姿に、何故だか凄く逃げ出したいような衝動を覚えた。


「ここに居たんですか!!」
「えっと…」
「探したんですよ!!」
「え、あの…」


やはり、探しに来たのだ。

謝らなければ…という思いと共に、直ぐ近くにいるトマじいに正体がばれてしまうという思いが混ざってくる。

上手く言葉が出てこないワタシに、トマじいは優しく微笑みながら立ち上がった。


「どうやら、迎えが来たようじゃな。気をつけてお帰り」
「あの…トマじい」
「また、遊びに来い」
「…うん」


ポンポンと頭をもう一度撫でると、トマじいはアッシュの耳元で何事か囁いて、帰っていった。


『あまり、ワシ等の可愛い女王様を虐めてやらんでくだされよ』


ビックリした様な顔をしてトマじいを見送った後、アッシュはワタシの手を掴んで反対の方へと無言で歩き出した。








 ~ 小屋 ~ 

< 1 >


「ちょ!!ちょっと、お待ち…待って!!」
「………。」


黙々と歩くアッシュに、何とか着いていくだけで必死な状態だ。

あの庭からだいぶ来たが、アッシュは先程から一言も発する事もせずに歩き続けている。

みすぼらしい格好をして変装をしてはいるものの、いつ誰かに見咎められるとも知れない。

ソワソワと落ち着かないワタシを無視して、ただひたすらにアッシュは歩く。

そのうちに、いつの間にか森の直ぐ近くまで来た。

普段、ワタシが来る事が無い場所…。

城と森との境の辺りだろう。

物珍しさも手伝って、少し怖かった気持ちも、ちょっとだけ浮上する。


「?」


気がつくと、古びた小屋が目の前に現れた。

何の用途に使用されるか、良く分からないソコに、アッシュは何の躊躇もなく入る。

引っ張り込まれたソコには、小さいながらもキッチンや机、ベッドなどが揃っていた。

どこか、幼い頃に過ごしたあの小さくも穏やかな家に似ており、懐かしさを覚える。


「ここは、見張り小屋なんですよ」


ようやく口を開いたアッシュは、小屋の扉に鍵をかけながらそう言う。


「森の見張りを兼ねた小屋ですが、この時間は誰もやって来ないんですよ」
「見張り…小屋?」


そうか、だから様々なものが置いてあるのか…

この小屋の正体がわかり納得したものの、何故ここに連れて来られたのかが分からない。


「全く…女王陛下、本当にご自身の立場が分かっておいでですか?」
「それは、ワタクシの台詞です」


女王としての威厳を、少しでも保つために…何とか平常心を取り繕いながらそう言い放つと、困ったように笑われた。


「あぁ、全く…どうしてそうも、可愛らしいのでしょうね」


クスクスと笑うアッシュに、理解が出来ず疑問符しか浮かばない。


「リオン…いいや、女王陛下。貴方様は、残念ながら昔とは違い、四六時中その責務を果たさなければならないお立場になられたのですよ?」
「何を…」
「貴方様が、あの庭師のご老体とお話をされている間…誰も、貴方様の不在に気がつかないとでも、お思いになりましたか?」
「分かっております。ですから、もう帰り…」
「こんな好機……俺が、逃すとでも思いました?」
「え?」


いや、しかし先程自分で…


「建前なんて、いくらでも言えます。俺の本心は…少しでも、貴方と一緒に居たいんです」
「あっ!!」


矛盾したような言葉に、思考が色々とついていかない隙に、アッシュに突き飛ばされて後へと倒れこんだ。

背中にぶつかるのは、薄いベッドの布団。

目の前に広がるのは、熱を帯びたアッシュの眼差し。

あぁ、押し倒されたのだ…そう理解すると、身体から力が抜けた。


「優しくなんて、出来ませんよ?」


そう、熱い吐息混じりの言葉が耳をくすぐる。

その言葉に、トクンと鼓動が早くなった。



< 2 >



まるで、噛み付くようなキスの嵐。

貪る様に荒らされる舌や、口の中。

絶え間なく弄り、快楽を容赦なく引きずり出す。

あの言葉通りアッシュは手加減無しで、ワタシを攻め立てる。


「あぁあ!ひゃぁああん!!」


解す事もそこそこに、ベッドへとうつ伏せにさせられ、腰を高く突き上げさせられた。

そのまま先走りを利用して、後からくちゅり…とアッシュのモノが後孔に入れられる。


「あぁああああ!!や…やらぁあ!!」


あまりの苦痛に、涙が溢れるもその懇願を聞き入れられる事無く突かれる。


「ひゃぁあん!やめ…あ…あぁん!…やらぁ…あぁあ」
「そんなに声を上げて、良いんですか?ここは、見張り小屋なんですよ?」
「!!!」


目の前の枕を握り、少しでも声を隠すように顔を押し付ける。

そうだ…もしかしたら、誰かが通りかかるかもしれない…。

そう思うだけで、きゅっと緊張が走る。


「…あぁ、もしかしてその方が良いんですか?」
「なに…を!!」
「だって、今…中が締まりましたよ?」


想像して、興奮してしまったんでしょう?

背中から覆いかぶさり、耳元で囁かれればカッと顔が熱くなる。


「首まで真っ赤になってしまって…本当に可愛いお人だ」
「!!!…んんんん!!!」
「ほら、頑張って声を我慢してください?」
「んんんん!!!」


ガツガツと後から容赦なく腰を打たれ、室内にパンパンと肌がぶつかり合う音が響く。

緊張と興奮で思考が麻痺していくが、声を我慢しなければいけないという苦しみから涙が出る。


「んんんっっ!!!ふっ…んんん!!」


腰を動かすの止めて腰から移動した手が、前へと回りワタシのモノを扱き出す。


「んんんんんんっ!!!」


ビリビリと痺れるほどの快楽が、頭を真っ白にする。


「あぁ、イキたいんですね。仕方がありませんね…イっても良いですよ?」


必死に我慢するも、その手の動きが徐々に早まり、絶頂が近い事を示してくる。


「あ…あ、あっあぁあああ…」
「沢山、俺の手の中に出してください?」
「や…あ、やめ……やらぁ……あ、あ、あぁああああああ!!!」


追い詰められた熱が、アッシュの手の中に開放されていく。

ぬちゃ、くちゃ…と、全てを出すように動くアッシュの手の動きに、ヒクリと腰が逃げる。


「逃げちゃ、ダメですよ?」
「あっ…」
「次は…俺の番なんですから」
「あっ!!や…あぁああ!!!」


それまで動かなかったアッシュが、再び動き出す。

前立腺を重点的に狙っているようで、今出したばかりだと言うのに、ワタシのモノが再び硬くなる。


「もう少しだけ…俺だけのもので、いてください」


何事か囁かれたが、ワタシの耳に入る事は無かった。





その後も何度も求められ、直ぐに部屋へと戻る事はかなわなかった。






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