引きこもりシリーズ
『 引きこもり青年が、イケメンになつかれて、ちょっと人間を信じてみようかと思う話。 』
< 1 引きこもり、出会う。 >
ここ最近、やけに気になる事があった。
どこからか感じる、人の視線。
始めのうちは、それこそ気のせいだと気にも留めていなかった。
しかし、こうも毎日毎日感じているうちに、気味が悪くなっていった。
幽霊や妖怪なんてものは、生まれてこの方一度も見た事も感じたことも無い。
いわゆる、霊感という類のものに無縁な俺は、それよりも恐ろしいものがある。
…人だ。
昔、小さい頃にばあちゃんがよく言っていた。
『いいかい。目に見えないもんなんかよりも、目の前に居る人間の方がよっぽど恐ろしいんだよ』
繰り返し繰り返し教えられるたびに、俺の人間不信は増長してゆき、ついにめでたく高校卒業と同時に引きこもりとなった。
都心から随分離れた場所にある、ぼろアパートの一室で引きこもりを始めたのだ。
それが、どうしたと言われてしまいそうな程、たいした事は何も無い引きこもり生活。
親の遺産を細々と切り崩しながら、何も無いぼろアパートでひっそりと生きていた。
そんな俺の生活に、思わぬイベントが発生したのだ。
「助けて下さい!!」
そう叫びながら、ドンドンとぼろい扉を叩き壊しかねない勢いでノックする人物。
居留守を使おう。
申し訳ないが、誰かと関わるなんて、真っ平ゴメンなのだ。
なんせ、そのために引きこもりを始めたのだから。
「いらっしゃるのは、知っているんです!!だから、諦めてあけて下さい!!!」
……先程と、焦った様子は変わらないのに、何で内容が脅迫めいているんだ?
いやいや、そんな脅しは俺には関係ない。
とにかく、俺は人とは関わりたくないんだ。
と、言う事で居留守続行。
「いい加減に助けてくれないと、このドア叩き壊しますよ!!!」
「ソレは止めて!!!」
せっかく手に入れた、俺のサンクチュアリ。
それを見ず知らずの人間に、いきなり叩き壊されては堪らない。
俺は慌てて扉にしがみ付き、思いっきり扉を開けた。
━ ガツンッ!!
……無駄に良い音が響き渡る。
あぁ、そうか。
ここの扉は、基本的に外へ向かって開く構造になっている。
そして、先程まで誰かがこの扉を外から叩いていた。
つまり、俺が扉を開く→外に向かって扉が開く→外の誰かにぶつかる。
そういう事だ。
その証拠に、今扉の向こう側で誰かが額を押さえて蹲っていた。
やはり、俺の予想は的中していたらしい。
我ながら、素晴らしい推理力だと思う。
これがいわゆる、壁ドンか…いや、ドアドンか?
とにかく、蹲っている人には申し訳ないが、静かになった様なので俺は自室へと帰らせ…
「行かせませんよ」
ガシッ!という効果音が聞こえてきそうな勢いで、蹲った人は扉を握り締めていた。
あ、ちょっと考える人っぽい。
俺がそんなことをのんきに考えていると、蹲った人はゆっくりと立ち上がった。
「ようやく…お会いできましたね」
おいおいおいおい。よくよく見れば、この蹲っていた人…イケメンじゃないですか?
蹲っていたイケメンは、少し俺を見下ろしながら嬉しそうに微笑んでいた。
…イケメンって、額から血が出ててもイケメンなのな。
< 2 引きこもり、泣かす。>
ドアドンしちゃって、蹲っていたイケメンが額から血を流していたので、とりあえず手当ての為に渋々室内に入れちゃった俺です。
あれ?何でこうなった?
「ありがとうございました!栃ノ木(トチノキ)さん!」
「どーいたし……?」
あれ?俺、名乗ったっけ?名乗ってないよね?
何でこのドアドンイケメンが、俺の名前知ってんの?
「先程、表札を見ましたので」
「あ…ソウデスカ」
爽やかに微笑むドアドンイケメン…略してドアメンは、額にでっかい絆創膏を貼っていてもイケメンだった。
もう、イケメン嫌だ。
「そうだ!申し送れました。オレ、松尾って言います」
ちょっとハーフかクオーター的な顔で、松尾…少し意外だ。
イメージ的には、滝沢だの今井などを思い浮かべていたから、余計になのかもしれない…
ん?今のギリギリか?
とりあえず、手当ては終わったんだ。
せっかっく名乗っていただいたのはありがたいのだが、早々にお引取り願いたい。
さて、どうやってこのドアメン、改め松尾サンに帰っていただこうか…。
俺が必死に頭を悩ませていると、松尾サンは何やら落ち着かない様子でソワソワしだした。
…トイレだろうか?
「………トイレは、ソコですが?」
「いえ!違うんです!!」
ブンブンと頭を振って否定する松尾サンに、益々疑問符ばかりが増えてゆく。
「オレ…実は、栃ノ木さんにお願いがあって、やって来たんです」
あぁ、そうか。
ドアドンの手当てとかしていて、すっかり忘れてしまっていたのだけども、この松尾サンは何か用事があって来たんだったな。
あれ?ちょっと、待てよ?
確か、一番最初にこの人『助けてくれ』って言って無かったっけ?
一人で首をかしげていると、松尾サンはいきなりその場に土下座をしだした。
……生まれて初めて見たよ、生土下座。
ってか、今ものすごぉくいい音でゴンッって言ったけどデコ大丈夫だったのかな?
「お願いします!!オレを…居候させて下さい!!!」
「お断りします」
「ええええぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!!」
間髪入れずに拒否する俺に、松尾サンは大絶叫する。
…いや、ご近所迷惑ですから。
「いや、どう考えても無理ですよ」
「隅っこでいいんです!人助けだと思って、どうかお願いします!」
「だから、お断りします」
いや、隅っことかそう言う問題では無いと思う。
お願いしますぅと、今にも泣き出しそうな松尾サン。
ちょっと、待って下さい。どう見ても松尾サン…貴方、俺よりも年上に見えるんですけど?
何か、年上泣かせる年下って構図はオイシイんだけど、男相手じゃつまらない。
って言うか、俺よりも背の高いイケメン泣かして、俺は何をやっているんだろうか?
< 3 引きこもり、知る。>
居候させて欲しいと泣きつくイケメンの松尾サンに、拒否し続ける俺。
……これ、いつまで続くの?
「…ですから、さっきから何回も言っているでしょう?」
ここは、1DK。他に寝るスペースも無く、見ず知らずの人間と共同生活する事は俺には出来ない。
ましてや、何のために俺が引きこもっているのだと思っているのだ。
「何度も言いましたよね?俺、引きこもりなんです」
「はい、お聞きしました。でも、お願いします!!」
………話にならん。
この人、本当に俺の話を聞いてましたか?
ハイ、センセイ。聞イテイマセン。
うん、先生もそう思います。
「オレ…他に、行く所が無いんです。ちゃんと仕事もして、生活費も払います。家事もやります。ですから…」
「いや、もう、本当に、そういう話では無いのですが…」
どうしよう。俺…なんか知らない間に、嫌なヤツになってない?
これは、普通は『じゃぁ、少しの間だけなら…』的に、住むの許可するパターンでしょ。
いや、相手が可愛い女の子の場合はね。
ってか、ここまで拒否されたら、普通は諦めると思うんだけどな…。
「オレ…もう、栃ノ木さんしか、頼れないんです…」
………また、泣きそうだし。
この人を見ていると、何故だか俺が虐めっ子になってしまった気分になる。
むしろ、俺は虐められっ子の方に近かったはずなのにな。
はい、ここで俺は一つの疑問にぶち当たりました。
「……なんで、俺?」
そう、何で俺なんでしょうか?
この辺りに住んでいるのが俺だけだとか、このアパートの住人が俺だけだとか…そんな事実は一切無い。
むしろ、もうちょっと先には高級マンション的な物もあったはずだ。
何故、ソコではなく?
「実は………以前から、栃ノ木さんの事は知っていたんです」
………ん?知っていた?しかも、以前からとな?
「オレ、前にこの近くのコンビニに立ち寄った事があって」
あぁ、ありますね。徒歩10分圏内に、コンビニエンスストアーなる便利ショップが。
俺も引きこもりなんて言ってますけど、生きるためには食べなきゃいけないので活用させていただいてますよ。
…あれ?これってもしかしてニートってヤツに近いんじゃないか?
いや、それを考え出したら色々最初のほうからやり直しとかしなくちゃいけなくなるんで、気にしないでおこうと思う。
うん、そう。最初から、色々と…
「実は、そこで栃ノ木さんの事を見かけたんです」
「…へぇ」
まぁ、利用していますからね。
「そこで、見かけて…毎日、会えないか待って…」
………ん?
「会えたら、嬉しくって…仲良くなりたいなって…」
……………んん??
「それで、近くに住んでるのかなぁって…で、最近お家の場所知って…」
……………………んんん???
「で、今日勇気出して来たんです!!」
「それストーカーだから!!」
< 4 引きこもり、傷つく。>
ここ最近の嫌な感じは、全部このストーカーもどきの松尾サンのせいでした。
この人、イケメンなのに残念な人だよ。残メンだよ。
「それで、スト…松尾サン、毎日あのコンビニに来れるんなら家が近いんじゃありませんか?」
そうだよ。毎日この辺りに出没する事が出来るんだから、この人結構近くに住んでるんじゃないのか?
そうしたら、帰ってもらえるかもしれない。
……また、来るかもしれないけど。
「いいえ。近くに家はありません。全て、売り払って出てきました」
……何、やっちゃってんの。このアホメン。
本当に意味が分からない。
家があるのに、売り払っちゃって、その上人の家に転がり込もうとしているだなんて。
意味がわからなすぎて、俺は言葉が出ませんよ?
もう話すのも、考えるのも放棄しちゃいたいですよ。
しかしながら、このままこのアホメンの松尾サンを放置しておくと、色々と危険そうなので全力でお帰りいただこう。
「えっと…松尾サン」
「はいっ!!」
「いや、全力で返事しなくてもいいんですけど…」
「はいっ!!」
………やりづれぇ。
なんだよ、このアホメン。
アホなのに、爽やかで、真っ直ぐにこっち見るから無駄に眩しいんだよ。
いい子ちゃんの返事とか、心を抉られるんだよ。
HPもMPももう点滅しかかってんだよ…
イケメンのばかやろぉ…
「えっと……先程も言いましたとおり、俺は今現在引きこもり中です」
「はいっ!知っています!!」
「……えっと…で、引きこもった原因といいますか…基本的に、俺は人のことをあまり信用していません。って言いますか、嫌いです」
「そうなんですか!」
「…………そうなんです」
「わかりました!では、オレは栃ノ木さんに嫌われないように頑張りますね!」
え?今の話の中に、仲良くしましょうねなんてニュアンスは、一切含まれて居なかったはずなのだが?
おかしい…何かが、おかしい……
「……松尾サン、つかぬ事をお聞きしてもイイデスカ?」
「はい!何なりと!!」
「おいくつですか?」
「22です!」
「お仕事は、何をされているんですか?」
「株を少々と、経営をたしなむ程度に」
………誰か、いつの間に株と経営がお茶とお花感覚で運営されるようになったのか、教えてくれないか?
「…ご家族は?」
「両親とも、幼少期より海外を飛び回っているため会っていません。兄弟もいません」
何だか良く分からなかったが、質問した事を後悔した。
…聞くんじゃなかった。
つまりは、金持ち坊ちゃんの暇つぶしなんだろ。
「…お帰り下さい」
やっぱり、人は嫌いだ。
「ま、待って下さい!」
「もう…来ないでください。ってか、ストーキングも止めてください」
「あの!!」
「俺、やっぱり人間は信用できないんで」
グイグイ押し出して、玄関へと無理連れて行こうとするが…体格差に負けた。
っち。この、ひょう高ノッポめ!
< 5 引きこもり、得る。>
体格差を自覚しながらも、それでも負けじと松尾サンを押してみる。
これ、意外と体力いるんだぞ。
引きこもりの体力なめんなよ。
「オレ、コンビニで栃ノ木さんを見かけた時に、思ったんです!この人と、仲良くなりたいって!!」
「それは、さっき…」
「違うんです!」
「…?」
「オレが持っているもので無くて、オレ自身を見て欲しいって思ったんです」
………良く分からんが、ボンボンのオレではなくって、オレ個人を見て欲しいって事が言いたかったのか?
まぁ、金持ちの世界にはそういうものしか見ない人間は山といるもんだからな。
「だから、家とか売って…そのまんまのオレを見て欲しくて、居候させてもらいたかったんです」
あぁ、ようやくあの突飛な発言の真意が理解できたぞ。
「オレは…本当に、栃ノ木さんと仲良くなりたくって…」
あぁ、ほら。また、泣きそうな顔しちゃって…
いい大人が、そう簡単に泣くなよ。こんなに泣く人、初めて見たぞ。
ってか、泣かせてるのは俺なんだけどさぁ。
今日、この人が来てから俺は何回この人に困らされてるんだ…
「いや、もう…本当に、泣かないでもらえませんか」
「な、泣いてなんかいません!!」
「いや、現に泣きそうですけど?」
「な、泣いてはいません!!」
「泣きそうである事は、認めるんですね」
「…………」
ちょっと、子供みたいな松尾サンに、思わず笑いが零れた。
「笑った…」
いや、俺も人間ですから笑いますよ。
極端にその回数が少ないだけですけど…
「栃ノ木さんは、笑顔が素敵ですね!」
「!!!!!」
イケメンの笑顔の方が、素敵だと思いますけど?
松尾サンの満面の笑みは、破壊力抜群だった。
…イケメンめ。
「と、とりあえず。友人…はちょっとハードルが高いので、お知り合い程度からならば、やぶさかではないです」
「本当ですか?!!」
「なので、居候は諦めて下さい」
「はいっ!!」
ありがとうございます!!と両手を握り締めて、ブンブンと振り回す松尾サンに、思わず笑いがこみ上げてきてしまった。
この人は、ちょっと面白そうな人だ。
ってか、知り合いで居候諦めてくれるんなら、最初っからいてくれればいいものを。
_____
松尾…やや外人顔のイケメン。金持ち坊ちゃん。22歳。
会社経営と株をやる他、時折モデル活動もしていたりする。
基本イケメンさんだが、残念なイケメン(栃ノ木いわく、残メン)
真っ直ぐで、正直者で、一生懸命(栃ノ木に対してのみ)
元々、ノーマル。でも、気がついたら栃ノ木Loveに。
栃ノ木…引きこもり青年。19or20歳。ぼろアパート在住。
普段はゴロゴロかネットサーフィンか、小説や漫画を読んでいる。
基本的には普通(きちんとすれば美人or可愛い)
人間嫌いとは言いつつ、人の事が好き(好きで信じて裏切られて、嫌いになるパターン)
実は超が付く程の金持ち。(住んでいる市にも、自分の名前がついてる〔栃ノ木市〕レベル)
本人ノーマルだけど、そのうち松尾にほだされろ!w
これにて、引きこもりシリーズひとまず終了です!!
お付き合い、ありがとうございました♪
『引きこもり青年が、イケメンになつかれて、何だか巻き込まれてしまう話。』
< 1 引きこもり、考える。 >
この間、めでたく『知り合い』を得た、栃ノ木です。
そして、めでたく『知り合い』となったのはイケメン青年の、松尾サンなのだが……
「栃ノ木さん、栃ノ木さん」
「はい」
「今日の夕飯は、何がいいですか?」
「……ハンバーグ」
「はい。和風ですか?デミグラスですか?」
「和風」
「はい」
はい、何だか新婚夫婦みたいな会話になっていますけど、別にそういう関係ではありませんよう?
って言いますか、何でこんなにナチュラルに会話しているんです?
俺、確かにこの松尾サンと知り合いになる事は認めたけど、ココに毎日来る事を許可した覚えは無いんだけどなぁ…
「きのこと、大根おろしではどちらがお好みですか?」
「…大根おろし」
「分かりました。美味しいのを作りますね」
まぁ、毎回食材を買ってきて料理作ってくれるのは有難いから、別にいいんだけど。
コレって、餌付けってやつか?
…いや、別に料理だけじゃないし。
掃除だって、洗濯だってやってくれてる訳だから。
「………あれ?」
それって、餌付けじゃなくてなんていうんだろう?
PC画面を見つめながら、首を傾げてみるけど…答えは出ないので、とりあえず放って置くか。
ソレよりも、俺には重大な問題が今目の前にあるのだ。
この、懐かし漫画セット、全80巻。
買おうか、買わないか……。
「あのー?」
かなり難しい問題だ。
とりあえず、この悩みを解決せねばならない。
買えば俺の心は満たされるだろうけど、いかんせん置き場所がなぁ…
唸っている、背後に人の気配。
「もしもしー?」
何だろう、松尾サン。何か聞き忘れた事でもあったのか?
いや、この距離だったら直接さっきみたいに聞けばいいだろうし……
ってか、松尾サン料理上手だよなぁ。
「ねぇ…」
そうそう、この前のビーフシチューもかなりの一品だったなぁ。
あの蕩けるような柔らかな肉に、野菜のうまみが濃縮されたシチュー。
あのバランスがまた…
「ねぇ、ちょっと…」
料理もだけど、掃除とか洗濯とかも、本当にどれも上手いんだよなぁ。
俺も一人暮らししてたけど、これだけ完璧に家事をこなした事が無いぞ。
容姿端麗、頭脳明晰、家事万能……これで女の子だったら、完璧なのになぁ…
「もぅ、聞いてるの?!」
「うひょぉ?!!!」
耳元で叫ばれて、ビックリした。
な、な、な、なにごと?!!!
< 2 引きこもり、新しく出会う。>
現在、耳がキンキンしてます。
誰ですか、人の耳元で大きな声を出す人は!!
「やっと、こっち向いた!!」
………ドチラ様デスカ?
目の前に居たのは、キラキラとか効果音がついてきそうな美形サン。
いや、美形っていうか可愛い系?
天使みたいな外見の、おめめクリクリの可愛い…男の子。
「もぅ。何回呼んだと思ってるのさぁ?」
唇を尖らせてむぅっとむくれる姿は、母性本能をくすぐられる…俺は、特に無いけど。
っと、言いますか…これは可愛い女の子がやれば、いいんじゃないのか?
ではなくて…
「えっと…誰ですか?」
「九重(ここのえ)?!」
おっと、ここでようやくご本人の登場です!
ではなく、松尾サンが台所から顔を出した。
ってか、気づくの遅くねぇ?
むしろ、玄関からこの部屋に来るまでの間に、確実に松尾サンの背後通るよね?
ってか、この天使系不法侵入者は松尾サンのお知り合いなの?!
「社長!」
「しゃちょう?」
なに、この子。
今、松尾サンに向かって『社長』とか言いませんでした?
確かに、松尾サンは初めて会った時に、経営をたしなんでいるとかのたまっておりましたけど…
いやいやいや、今はその話はどうでもよくって。
このかわい子天使子ちゃんは、一体何者なんでしょうか?
と、言いますか、どうやってこの子家宅侵入して来てくれちゃったのかしら?
あらま、疑問符が多い事。
「もぅ、お探ししましたよ!」
「何故、ここが!」
「ボクにかかれば、コレぐらいの情報なんて事ないって、社長が一番良く分かっているくせに」
…なんだ、このやり取り。
俺の知らない間に、俺の知らない話を、俺抜きで続ける、俺以外の面々。
ココの部屋の主は、俺なのに…
俺の扱いが酷過ぎて、ちょっと泣きたい今日この頃…
はぃ、今『俺』って、何回言ったでしょう!
「もう、そろそろ帰って下さらないと、本気で上の人たちが怒り出しちゃうんですよ?」
「それは、全て任せて来たはずだ」
「そういう問題じゃないんですよ?その辺りの事、分かってて言ってますよね?」
ちょっと、痴話げんかにも聞こえなくは無い。
眉間にシワを寄せた松尾サンなんて、初めて見たかも。
ちょっと、写メっておこうかね。
…じゃなくて。この口論は一体どうした事か。
「ちょっと、お話中申し訳ないんだけど。ココ、俺の部屋だから他所でやってくれないか?」
「栃ノ木さん…大変お迷惑をおかけして申し訳ありません」
「もぉ。迷惑かかってんのは、こっちなんだけどね」
「九重!」
ツンデレキャラは、デレがあるから可愛いんですよ?
ただし、女の子に限る。
< 3 引きこもり、気が付く。>
突然現れた、ツンデレモドキは九重サンという、松尾サンの会社の社員だったそうです。
…小学生かと思ってました。
「さて、九重。私はまだここで用事を済ませねばなりません。お前は先に戻りなさい」
「いいえ、社長と一緒に帰るのが条件です。社長が帰るまで、帰りません」
「それでは栃ノ木さんに、ご迷惑がかかるだろう!」
「かかっても結構じゃないですか。どうせ、引きこもりなんでしょう?」
「引き子守ではありません。ネットサーファーなんですよ」
「ただ単に、ネット徘徊しているだけでしょ。ただの暇人なんじゃないのさ」
……あれ?俺、参戦していないのに、なんでこんなにダメージを受けているんだろう?
おかしいなぁ…不思議だなぁ……
あぁ、目から何か水が流れるぜ…
「いいんです!栃ノ木さんのことは、私が全て行ないたいのですから」
「それって、社長がいいようにこき使われてるだけじゃない!」
いや、知らない間に色々やられちゃってるだけなんですよ?
むしろ、俺がやろうとすると微妙に嫌な顔とか、されちゃう訳なんですけど?
喧々囂々といった感じの二人のやり取りに、俺は付いていけん。
むしろ、ついていく気などありはしない。
とりあえず、俺は再び懐かし漫画の購入をどうするか悩みた…
「栃ノ木さん!!」
「ふひゃい?!!」
もぅ、いきなり大声で話しかけないでください。
ビックリしすぎて、変な声出ちゃったじゃないですか。
ちょっと、恥ずかしいじゃないですか。
渋々PC画面から顔を動かして、真後ろで口論している二人を見上げる。
ってか、九重サンと松尾サンって、お似合いだなぁ…
「…お似合いって、なに?」
「「は?」」
あ、いっけね。思わず声に出してしまったよ。
つーか、男同士なのにお似合いも何も無いよな。
うーん、こういうのって同性同士の場合だとなんて言えば良いんだ?
似たもの同士?いや、違うな…類は友を呼ぶ?…違うだろう。
五十歩百歩?あれ?何か方向性がおかしくなってきたのか?
あれか!どんぐりが背比べ!!
いや、どんぐりが背比べしてどうするんだ?
「あの…栃ノ木さん?」
「あ、わりぃ。なに?」
いかんいかん。思わずどんぐりに思いを馳せてしまっていたが、そう言えば呼びかけられていたんだった。
失念失念。
「栃ノ木さんは、オレにとって大切な人物だという事を、九重に…」
「何、言い出しちゃってんのさ?!!」
それ、聞く人が聞いたら危ない意味だから!!
ちょっと、お友達が出来たからってテンション上がりすぎちゃっただけでしょう!
直接ではないかもしれないけど、部下にそんな事話しちゃまずいでしょう?!!
…いや、俺には関係ないことだけどさ。
「あなたさ、いくら社長が優しい言葉をかけてくれるからって、勘違いしないでよね」
「は?」
「社長は、すっごく優しいから、誰にでも優しいこと言うんだから」
「はぁ…」
「それに、社長に手料理作ってもらえるからって、甘えないでよ」
それから、それから…とまだまだ話しそうな勢いの九重サン。
ん?俺は、その辺の事情に明るくないから良く分からないんだが…
この感じは…まさか…
「九重サンって、松尾サンの事が好きなわけ?」
そういう事でしょう?
< 4 引きこもり、満足。>
九重サンが俺に食って掛かるのは、きっと松尾サンの事が好きだからなんだと思う。
ぉお!俺って、観察力すげぇな!!
んでも、今度からはもうちょっと考えて発言しようかな。
ジンジンと痛む頬を押さえながら、真っ赤な顔をして俺をにらむ九重サンを見上げて考えた。
あ、ココで言うべきだったわ。
「……親父にも殴られた事ないのに?」
「何で疑問形!ってか、叩いたんだし!!」
「栃ノ木さん!!!」
華麗なツッコミを入れる九重サンの横を通り過ぎ、押しつぶさんばかりで駆け寄ってきた松尾サン。
やべぇ、松尾サンの勢いの方が怖くって、ちょっと逃げ出したくなった。
巨体に上から覗き込まれるのって、怖いのな。
今、ここに起動装置とかあったら、俺全力で逃げさせてもらうわ。
「大丈夫ですか?!栃ノ木さん!!」
「いや、普通に大丈夫だから」
あ、普通に大丈夫とかって日本語おかしいな。
普通のなの?大丈夫なの?どっちよ!!的な?
気がつけば、松尾サンが俺の頬に濡れたタオルを押し当ててくれている。
おぉ、ひんやりして気持ちいい。
「九重…今すぐ、帰りなさい」
「し、しかし…」
「帰れ!!」
「!!!!!」
今まで聴いたこともないよな、重く荒々しい声。
九重サンは、泣きそうな顔をして勢いよく玄関から飛び出していった。
…あれ?これ俺のせいだよな。九重サンに謝らなくっちゃ!!
九重サンを追いかけようと起こしかけた身体は、何故かそのまま松尾サンの腕の中に納まる。
…何マジックですか?
「ま、松尾サン?」
「栃ノ木さん……すみません」
え?何で、松尾サンが謝るのかな?
ってか、今のやり取りの原因は、明らかに俺が悪い訳なんですよ?なんで、貴方が、謝っちゃうかな?
「オレが不甲斐無いばかりに、貴方を傷つけてしまった…」
「いや、傷って…ただの平手で…」
「オレのせいで傷物になってしまったのならば、オレが責任を取って一生貴方の面倒を!!!」
「絶対、嫌だからな」
「ぅええぇぇえぇぇえええ?!!!!」
いや、おかしいだろうその表情!
何で、責任を取るって言っている時点で嬉しそうな顔になるんだよ。
そして、その悲壮な顔も辞めろ。
何だか、俺が悪い事をしている気分になるだろうが。
「とりあえず、早くハンバーグ作れよ」
「はい。分かりました」
とたんに気色が悪いぐらいの笑顔になる松尾サンの、意味が分からない。
ただでさえ犯され始めている俺の引きこもり生活なのに、これ以上訳の分からない事を持ち込んで欲しくない…
なんて、思っていたのも忘れて、俺は和風おろしハンバーグを満足いくまで食べた。
後日、九重サンからお菓子と共に
『この間は、ごめんなさい。…別に嫌いだとかじゃ、ないんだから…ね?』
なんて、小さなカードが添えられてたりした。
うん、彼はきちんと正しいツンデレを理解している様でよかったよかった。
残念ながら、男の子だけど。
___________
ひとまず終了とあ言いつつ、気に入ってるのか続編制作。
しかも、新キャラまで作っちゃってるしねwww
はてさて、今後どうなる事やら。
『引きこもり青年が、イケメンになつかれて、甘いものを食べる話。』
< 1 引きこもり、今日を知る。>
「り…あ…じゅぅ…う……爆発……し…ろっと」
青白く輝く画面に向かって、文字を打ち込んでいる俺は、素敵引きこもりの栃ノ木です。
現在、絶賛ネットサーフィンを行なっている最中です。
大型な発言広場にて、幸せな人物達への思いを伝えているところでなのですよ。
あぁ、世の中理不尽だね。
「おや?栃ノ木さん、ネット中ですか?」
「ん?あぁ、まぁね」
「そうなんですね。では、オレはここで少し本を読ませていただきますね」
「ん?おー」
何か、ごく自然に俺の隣で普通に座って本を読んでるイケメンは、やけに入り浸っている松尾サンです。
何ででしょうね?
ただの知り合いだったはずなのに…何なんでしょうね?
おっかしぃなぁ?
まぁ、どうでもいっか。
「ふんふふ~ん……あ」
面白、可笑しく画面を見てたのに…
なぁんか、余計なもんに気がついちまった。
「?…栃ノ木さん、どうかなさったんですか?」
うわぁ~、もぉ~、何でこういうのって、毎年あるのかなぁ…
ここは、日本なんですよ~?
なんで、こういうイベントに皆のっかっちゃうかなぁ?
「あの…栃ノ木さん?」
もぉ、何なんだよね…訳が分からないよ。
そもそも、こういうのってお互い大変なんじゃないの?
ほら、渡す側も渡される側も。
ってか、一番大変なのは渡されない側よ!!
「もしもーし?」
あぁ、もう!信じらんないよね!!
本当に、こういうのってイベントにのれないヤツが一番辛いんだよね!!
「栃ノ木さ…」
「リア充、爆発しろ!!」
「ちょっと、五月蝿いよ!!」
「うふぇ?!!」
天井に向かって叫んだら、いきなりぽこっと頭をはたかれた。
地味に痛い…
ってか、この前からなんか俺不意打ちに合う事が多い気がするんだけど?
じゃねぇや。
この痛みの正体を、俺は暴いて見せるぜっ!!
「え?何で?」
「こ、九重?!」
「どもぉ~」
首を回すと、大変可愛らしい天使のような顔が見えた。
何だかこっちも、最近良く出入りするようになった九重ちゃん。
こんなに可愛い顔してるのに、何で男の子なんだろうなぁ…
「え?ってか、何で九重ちゃんがここに居るの?」
「え?九重“ちゃん”?!!」
「だって、とっちー最近連絡くん無かったじゃん!!」
「“とっちー”?!!」
「松尾サン、五月蝿いんだけど」
ちょ、今俺忙しいんですけど?
< 2 引きこもり、話を聞く。>
突如として現れたメル友の九重ちゃんに、ビックリだったけどとりあえず話し込みそうだったから、松尾サンにお茶を入れてもらいました。
そーいやぁ、二人が出入りするようになってから、お茶の種類もなんだかんだ増えてきた気がする。
俺はいつでも昆布茶派だけどな!!
「それで、いきなりどうしたのさよ。九重ちゃん」
ずるずると、マグカップに入れられた昆布茶をすすりながら九重ちゃんを見ると、綺麗なティーカップで優雅に紅茶を飲んで小さく溜息をついた。
ってか、無駄に似合ってんなぁ…どこから出てきたティーカップかは知らんが。
あ、ちなみに松尾サンは現在進行形でみかんを買いに行っています。隣町まで。
何でかって?
それは、俺が隣町の『スーパーももおか』で売られてる、みかんが食べたいといったから。
どこででも一緒だと思ったかい?
残念ながら、『スーパーももおか』が仕入れているみかんは、鮮度が違うのだよ!!
あれだよね、はじめてのおつかい的な!!
今回は残念ながら、対象がいい年した大きな男だってのが悔やまれるけど。
あ。そもそも、おつかい自体が初めてじゃ無いか。
「…って、とっちー人に質問しといて聞く気、無かったでしょ。今」
「うひょぅ」
九重ちゃん…あなた、まさかエスパーなのですか?!!
やべぇ、今まで考えてた失礼な発言のあれやこれやも、もしかして全て読まれていたとか?!!
そ、それは、かなりの問題があ…
「で、本題に入るからちゃんと人の話、聞いといてよね?」
「う、うっす………」
地味に牽制された気がするんだけど、気のせいかな?
そもそも、九重ちゃんがウチに来る理由は、現在おつかい真っ最中の松尾サン絡みしかないよね。
まぁ、俺的にはそういう恋愛ごとは大いに結構だと思うし、自由にやればいいと思っている。
同性同士の恋愛とかにも、偏見は無い。
ただし、目の前で繰り広げていいのは二次元に限る。
なので、目の前以外でなら自由にしてくれればいいのだよ。
「………ねぇ、シメられたい?」
「……さーせんっした」
やべぇ、思わず己の恋愛感に浸っていたら、ブラック九重ちゃんが降臨召される所だった…
ちょっと聞き逃してたけど、今からでも真面目に聞いておこう…
「とりあえず、今日という日を逃したら次は無いと思っているんだよね!!」
「う…うっす」
「で、思いっきり頑張ってきたんだよ」
「そ、そうなんすか…」
「だって、年に一度の一大イベントじゃない!!」
「そ、そうですね…」
やべぇ、前半適当に聞き流してたから、若干話の内容が分からん!!
これでは、再びブラック様が降臨召される可能性がぁああああ!!!
…………とりあえず、このまま適当に相槌打っとくか。
「そもそも、準備段階から大変だったんだよ」
「へ、へぇ…」
「ほら、基本的に甘いものとか食べてる印象無いでしょ?」
「う、うん…」
「だから、甘いモノが食べられない可能性だってあるわけだよね!だから、好みとか聞いたりしてなるべくリサーチしたんだけどさぁ」
「ふ、ふん…」
「そもそも、好き嫌いとか無いのか、好みすらも全然分からなくなっちゃって…で、ソレを考えていたら今度は、手作りにしようか市販にしようか、悩んできちゃって」
「そ、そうだねぇ…」
「で、もう悩んでても仕方がないから、お店に行って考えようと思ってさ!」
「そ、そっかぁ~」
「でもね、ああいうお店ってさぁ…」
ごめんなさい、松尾サン!!
今すぐ帰ってきてぇえええええええ!!!!!!
< 3 引きこもり、見つける。>
九重ちゃんの話を聞きだしてから大体30分ぐらいで、救世主がご帰還されました…
ほんと、メシアに見えたよ松尾サン。
むせび泣きながらみかんを貪る俺に、にこにこと穏やかな笑顔で入れなおした昆布茶を差し出された日には、後光まで見えた次第だ。
「んぐぅ…ふぅぐ……」
「栃ノ木さん、そんなに急いで頬張りますと、詰まらせますよ?」
「ぐん……んん……」
「まぁ、そんな栃ノ木さんもリスみたいで可愛いですけれど」
……いちいち笑顔で、キザったらしいセリフを吐くんじゃないよ。
俺が女の子だったら、どうするんだ。
乙女ゲーム的なラブエンドのフラグが立ちまくりじゃねぇか。
現実的には、死亡フラグが立ちまくってんだけどさぁ…
うぅ…九重ちゃんの視線が、ザクザク刺さって痛いです…
「もぅ、とっちーって時々そうやって意地汚いんだから…ほら、こうした方が食べやすいでしょ?」
「あ、ありがと……」
あれ?何か意外と大丈夫だったりする?
なんか、みかん皮をむいて一房ずつにしてくれてるし…
とりあえず、よかった…
松尾サンが入れなおしてくれた昆布茶をすすりながら、九重ちゃんが剥いてくれたみかんを頬張る、何もしていない俺。
おぉ、まさに素晴らしき至れり尽くせり?
そういやぁ、さっきから気になってたんだけど…松尾サン、みかんの袋以外に何かやけにデカイ紙袋持ってますよね?
そこから、すっげぇ良い匂いがするんだけど…
「あ、コレですか?」
クンクンとか何の匂いか当てようと秘かに鼻を動かしてたら、松尾サンにバレた。
……地味に恥ずかしいじゃねぇかよ。
それでも好奇心には勝てないよねぇ~。
ついでに言うなら、食という欲望にも勝てないよねぇ~。
えぇ、そうなんですよ。
この匂いは、どう考えてもオイシイ食べ物…しかも、スイーツ系と見た!!
「実は、先程買い物へ出かけた折に、行く先々で何故か様々な物をいただいたんですよ」
「爆発しろ!!」
「えぇえええ?!!!」
っち、ここに居たかリア充め!!
確かに、松尾サンは普通にしていれば目茶苦茶イケメンだし、普段から物腰柔らかいから女にモテる事間違いなしだよな。
なんつーか、普段から俺に対してちょっと異常行動しすぎだから、時々こういうこと忘れるんだよな。
そうだよ、コイツはどちらかと言えば勝ち組じゃねぇかよ。
よくよく考えてみりゃ、今までこういう風に貰いまくってたんだろうよ!
「と、栃ノ木さ…」
「やだ。今日の松尾サン嫌い」
「うぇえええええええ?!!!!」
まだ俺の為にみかんを剥いてくれていた九重ちゃんに抱きついて、松尾サンからちょっとだけ逃げてみる。
…あれ?そう言えば、九重ちゃんも勝ち組か?
「とっちー、僕の場合はどちらかと言うと友達向けな感覚だったから、カウントに入れなくてもいいんだよ」
「あ、そっかぁ」
「?」
友達に菓子を贈るんだったら、特に問題ないよな。
……問題ないのか?
とりあえず、松尾サンがグズグズ泣き出したよ。
< 4 引きこもり、詰まる。>
九重ちゃんに抱きつきながら、勝ち組の松尾サンをチラ見したらまだ泣いてました。
…俺が悪い訳じゃねぇもん。
それでもぐずぐず泣いている松尾サンを眺めていたら、マジで俺が悪い気がしてきた…
うをぉおお…助けて、九重ちゃぁあん!!
「残念ながら、僕は巻き込まれたくないから手出しはしないよ」
「うえぇえええええ」
すっげーあっさり切り捨てられましたわよ、奥さん!!
ひどいよぉー。ひどいよ、九重ちゃぁあん。
ってか、貴方。また人の心、読んだわけ?!!!
ではなくって、この現状を何とかせねばならぬのだが…
「あ!そ、そう!!そんで松尾サン、何貰ったんですか?」
誤魔化そう!!とにかく、今はこの辺りの話題で誤魔化そう!!
そう!そもそも、この紙袋の中身が全ての元凶だったんだよ!!
道行くだけでそんなにザクザクとか、ズル過ぎんだろ!!
あ、いや。今はその事に触れてはいかん。
とりあえず、俺の甘味中枢を満たす事に集中しよう!!
「いえ。色々いただいて、ちゃんと確認はしていなかったので…」
うん。とりあえず話題にのってくれたから、作戦成功だと思っておこう。
鼻すすりながらだけど。
イケメンの鼻すすりとか…ちょっと、面白いのな。
松尾サンがゴソゴソと紙袋を漁りだすのを見ながら、とりあえず九重ちゃんから離れて眺める。
うをぉ…出るわ出るわ、古今東西様々な甘味の山。
あ、このカップケーキ美味しそうだ…
む、こっちのクッキーは苦心の作って感じが出てますなぁ…
ほぉ、このショコラケーキはプロ並じゃないっすか?
うぅむ…ここで大福なんて、なかなかやりおるな。
「オレ一人では、食べきれない量ですね。栃ノ木さん、いかがですか?」
「え?!いいの?!!!」
おすそ分け、Get?!!
……あ、いや。それは、イカン気がする。
だってコレをあげた人たちは、松尾サンに食べて欲しくてあげたんだろ?
ほら、手作りとかあるし…
「きっと、一生懸命だったと思う。だから、松尾サンが食べなきゃ駄目なんじゃね?」
「オレは、美味しく食べてもらえた方が嬉しいと思います」
……上手く、言いくるめられたような気がしないでもない。
でも、俺って実は甘いもの好きなんだよね。
さっき良いこと言ってたけど、本当は食べたくて仕方がないんだよね。
コレをあげた人、ごめんなさい。そんでもって、ありがとうございます。いただきます。
「むぅ…んぐぅ……」
「美味しいですか?」
「ふぉふぃ!!」
「それは、良かったですね」
最初に近くにあったカップケーキにしたのは、失敗だった。
口の中にモノが入りすぎて話せない…しかも、水分が奪われる…
「んぐぅ?!!!」
「ちょ、とっちー?!!」
やっぱり、喉に詰まった。
九重ちゃんが、背中叩いてくれたから九死に一生を得たけど。
カップケーキによる窒息死…カップケーキ死とか、ネタにもならんわ。
あれ?ってか、松尾サンどこに行った?
あぁ、台所で作業中でしたか。
人が微妙に死にかけたっていうのに、のんきなものですね。
いや、コレは完全に逆恨みですけど。
< 5 引きこもり、食べる。>
何とかカップケーキの危機から無事に生還を果たした俺は、九重ちゃんと共にお菓子の試食会を催していたのですよ。
頂き物のお菓子を食べつつ、座談会とも言う。
相変わらず松尾サンは台所で作業中。
「でさぁ、その女がねよりにもよって社長に腕を絡ませたりしてるわけ!」
「うわぁ…大胆だね」
「信じらん無いでしょ!もう、ボク思わずその女を引っ叩いてやろうかと思ったよ!!」
「九重ちゃんなら、やりそうだね」
「でも、社長の目の前だし。とりあえずその場はその女の顔にガンつけておいたの」
「そうかぁ、威力あっただろうねぇ」
え?相槌が適当じゃないかって?
このくらいで丁度いいんだよ。
九重ちゃんは俺に意見が聞きたいんじゃなくて、ただ単に話したいだけだからね。
「あ、忘れる前にとっちーにも渡しておく」
「ん~?」
話の途中でいきなり話が変わるのにも、最近慣れてきたよ。
え?お前はどうなんだって?
ちゃぁんと通じていますよ?俺の中では一本線!!
なになに?その袋は?
「試作品。まぁ、適当に味見しておいてよ」
「え?九重ちゃんの手作り?」
何か小ぶりの可愛らしい袋に、綺麗なリボンのラッピング。
この重さと感触は、クッキー辺りかな?
しかしながら、九重ちゃんがこういうのを手作りするとは…意外だね。
せっかくだから、今食べちゃおっかなぁ。
「こういうの慣れてないから、まずくても文句は聞かないんだからね!」
「ありがとー。いっただっきまーす」
顔を真っ赤にしちゃって、言う言葉はツンデレとか…
君は本当に、ツンデレの申し子だね!!
そして、美味しいね。
「美味しい」
「ほんとっ?!」
「うん、マジマジ」
「良かった…」
ほっとした顔が、何だかやけに可愛い。
……なんで、君にはモノが付いているんだよ。
くっそー。そういう所が、世の中理不尽だって言うんだよ!!
「お待たせしました」
「いや、別に待っちゃいないし」
「とっちー、うるさい」
「ごめんなさい」
なんか持ってきた松尾サンにつっ込んだら、九重ちゃんに叱られた。
え?何か、俺悪い事した?
ってか、あれか?恋する乙女の邪魔をした?
あ、いや乙女じゃないか。
それで、松尾サンは何を持ってきたんだ?
「……おぉおお!!」
「フォンダンショコラ」
すげぇえええええ!!
お店のやつみたいに、綺麗な形のフォンダンショコラだ!!
しかも、これ温かそう!!
つまり、切ったら中身とろりのアレだよね!!
食べていいかな?食べていいかな?
「どうぞ、召し上がって下さい」
「いただきます!!」
………うんまぁぁああああああああ!!!!!!
なにこれ、絶品!!
松尾サン、料理だけじゃなくてお菓子作りまで出来ちゃうわけ?!!
「沢山の甘いものを見たら、作りたくなりまして。今日はバレンタインですしね」
「社長も…バレンタインとか、気にするんですね」
「あぁ、毎年両親にバレンタインカードを送るからね」
「……カード?」
何でカード?ってか、何でバレンタインに両親に送るの?
あれ?今日って、バレンタインだよね?
2月14日だよね?
女の子が、好きな男の子にチョコレート渡して、告白する日だよね?
甘酸っぱい、青春デーだよね?
俺には、縁の無い日だよね?
「チョコレートは?」
「チョコレートは、送った事はありませんね」
「女の子からの告白は?」
「何故、女性なんですか?」
「え?」
「え?」
「とっちー、海外だとバレンタインは男性から女性への愛の告白日らしいよ。あと、親しい人に感謝の気持ちを伝えるとか…それに、チョコレートとかよりもカードとか花束を贈る方が多いみたい」
ナニソレ?!!
ビックリ情報なんですけど!!
ってか、九重ちゃん物知り!!
ちょっと待って。松尾サンがそういう事を勘違いしてたって事は?
「社長は、海外生活が多かった上、世界中飛び回ってるからそっちの習慣の方が普通だと思ってるって事だね」
だから、さっき何故か貰ったって言ってたんだ。
ってか、世界をまたにかける男だったのか、松尾サンって。
俺なんか、この部屋から出るのさえもめんどくさいのに。
レベルが違うって?似たようなもんじゃね?
とりあえず、この絶品フォンダンショコラを食べたら、失敗した…と呻く九重ちゃんの為に、松尾サンに講義をしようと思う。
題して『日本における、バレンタインデーの実態~甘酸っぱい青春編~』
これで、九重ちゃんの頑張りが報われるといいな。
しかしながら、俺の講義に色々と不服があったらしい九重ちゃんに講師の座を奪われて、結局は俺も松尾サンと一緒に九重先生の講義を受ける羽目になってしまった。
っちぇ、先生って言われてみたかったのになぁ。
あれ?何でこうなったんだっけ?
_____
バレンタイン企画の、作品!!
こんな感じで、何となく日常の延長線にありそうwww