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小話たち

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(1)年の差恋愛
(2)時計
(3)帽子
(4)伊達メガネ
(5)しゃぼん玉
(6)カメラ
(7)ラッキーデー
(8)ご褒美
(9)その花の名は
(10)魔王城の日常
(11)僕が歌を歌うのは
(12)魔王城のハロウィン
(13)明ける日
(14)






(1) 年の差恋愛



本当は…ずっとこうしたかった。
薄暗い部屋の中で、興奮を抑えられない。
「しゅ、修一…君?」
不安げな様子でこちらを見つめるその人…
「洋介さん…すみません。でも…」
ゆっくりと、洋介さんとの距離を縮めてゆく。
「もう、我慢できないんですよ」
そう。あの日、貴方と出会ったその時から…

その日、高木洋介はいつもより少しだけ早く起きて、少しだけ早く朝の用意を済ませ、少しだけ早く家を出た。
「うん。今日は良い事がありそうだ。」
久し振りに気持ちの良い朝だと気分を弾ませて、最寄の駅へと向かっていた。
『今日は…大丈夫。いつもより早いし…』
一人、うんっと頷いてから改札を通ると、まっすぐにホームへと向かった。
家から洋介の勤める会社までは約20分程電車に乗ることになる。
その時間が、実は洋介は好きではなかった。
- プシュー -
満員の車内にギュウギュウと詰め込まれれば、ゆっくりとその箱は動き出した。
しばらく朝特有の雰囲気を感じながらボーっとしていると、ふっと違和感を感じた。
『…まさか』
電車は満員であり、周囲には同性と思われるスーツ姿しか見えない。
しかしソレは、明らかに洋介の臀部の形を確かめる様に動いていた。
『…時間、違うのに』
不本意ながら徐々に慣れつつあるその感覚に、洋介は溜息をつきたくなった。
『こんなオジサンのお尻の何が良いんだ?』
気持ちが悪いとは思いつつも、洋介にとって謎でしかなかった。
40歳も目前と言えど洋介の顔は幼さを残しており、平均より身長が低い。
洋介は知らない事実だが、その手の人の間ではそれなりに受けがいいのだ。
なので、学生の頃より洋介は男の身ながら、車内でチカンを受けるといった事は日常茶飯事だったのだ。
しかし、この日は違った。
「えっ?」
ソレはスルリと前の方へと移動して来たのだ。
『気持ち悪い…』
体を動かして何とか逃げようとする。
- 次は、○○駅~。次は、○○駅~ -
ハッと駅名が耳に入り顔を上げると、目の前の扉が開き見知った顔が入ってきた。
「おはようございます。洋介さん」
「修一君!」
白いカッターに黒いズボンの学生、長浜修一が乗り込んできた。
少しだけ人をよけながら、修一は洋介の近くへと寄っていった。
- プシュー -
後ろで扉の閉まる音を聞きながら、修一はすぐに目の前の年上の友人の様子がおかしい事に気がついた。
「洋介さん?」
少し下にある顔を覗き込むと、洋介は顔を少し赤らめモゾモゾとしていた。
修一に現状を伝えようにも年下である上、同性にチカンにあっているなど、恥ずかしくて言えない。
そう思うも、気持ち悪いものは変わらない。
洋介が徐々に悲しくなってゆく気持ちと、現状に困っていると突然「降りましょう!」と、修一が開いた扉から洋介を連れてホームへと降りた。
人ごみを避け、洋介の手を引きながら修一は電車を離れてベンチへと座らせた。
「洋介さん、大丈夫ですか?」
「うん…助かったよ」
ありがとう。とホッと息を吐いて頷くと、洋介は隣に座っただいぶ年下の友人を見た。
いつだったか、定期券を落とした折りに、拾ってくれたのがそもそもの出会いだった。
彼は優しく親切であり、年下ながらしっかりしている。
「何があったんですか?」
こうやって、今も自分のことを気遣ってくれている…
『修一君なら…』
情けないことだが、今は誰かに聞いてもらいたい…そう思い洋介は一つ頷くと、修一の方へと向き直った。
「実はね、修一君…」
洋介はぽつぽつとながらも、己の姿ゆえチカンに合いやすいこと。また、先ほどもあっていたこと。修一のお陰で助けられた事などを話した。
「…情け無いよね」
大の大人…しかも、男なのにね・・・。
そう言って苦笑する洋介をじっと見つめると、修一はその手を掴み立ち上がった。
「え?修一君?!」
「………」
無言のままその手を引き改札を通り抜け、どんどんと先へと進んでいく。
そんな修一に引っ張られながら、洋介もその後についって行った。
修一は何の迷いも無く道を進み、いつしか二人は薄暗い路地を歩いていた。
先へ先へと進むと、その先にはぼんやりとネオンの文字が光るビル。
「ホ…テル?」
キョトンとする洋介をそのままに、修一はそのビル…ラブホテルへ入ってゆく。
さっさと受付を済ませるとエレベーターに乗り、とある階の奥へと進む。
「あ…れ?ホテル?え?」
いまだに混乱している洋介が現状を理解できずにいる内に、2人は一つの部屋へと入った。
先に洋介を中に入れると、洋介はすばやく後ろでで扉の鍵をかけた。
「えっと…あれ?修一君?」
「ねぇ、洋介さん」
静かにゆっくりと近づく修一に、洋介は何も言えず後ずさる。
「何でココに来たか、わかります?」
さらに、近づいてくる修一。
「わからないでしょうね…何故、僕がこんな事をするのか…」
「あ…?!」
スーツのジャケットを掴むと、そのまま口付ける。
「んっ…あ…」
抵抗するが、修一は関係なしにジャケットを脱がし、ネクタイを外す。
「しゅ…ん…ち……く…」
口付けの間に何とか声を出す洋介に、ますます修一は愛おしさを増した。
「洋介さん…凄く可愛い」
「あ…やめ…!!」
洋介は逃げようとして、そのまま後ろへと倒れた。
白いシーツに皺が寄り、キレイに整えられたベッドが乱れる。
「………洋介さん、誘ってます?」
「ふぇ?!」
涙目で自分を見上げる洋介に煽られる修一。
「あぁ…本当に、可愛い……」
覆いかぶさる様にして洋介の上へと移動し、その瞳をじっと見つめた。
「洋介さん…愛しています」
「しゅ…ち……君……」
「愛しています」
逃げる事も出来ない程のまっすぐな目。
若い故に、真っ直ぐで一生懸命な強い光を宿したその瞳。
その中に己の姿を見つけ、何も言えなくなった。
「遊びでも、気の迷いでも…こんな事はしません」
あぁ…いつからだったのか…
「本気なんですよ、洋介さん」
この瞳に、捕らえられていたのは。
「何度でも、わかるまでいい続けます」
いつからだっただろうか…
「愛しています、洋介さん」
この瞳を、愛していたのは。




(2) 時計



どこもかしこも赤や黄色が目立ち始めてきた頃、小さな公園に一人の青年がやってきた。
小さな公園には、ブランコと特に特徴のない時計が一つ。

「まだ…早いかな」

日が傾きだしている時間帯であり、子供はすでに帰宅している。
青年は、時計を見上げてほぅ…と溜息をつくと、この公園の唯一の遊具であるブランコへと腰を下ろした。
きぃ…と金属同士の擦れ合う音を聞きながら、青年はゆっくりと手に息を吐きかけた。
かさっ…と、手首にかけた小さな紙袋が囁いた。
冬にはまだ少し遠く、夏はかなり以前より姿を潜めている。
影が徐々に伸びていく中、それでも青年は時計を見上げて手をこすり合わせる。
しかしながら、その顔には微笑すら浮かべているようにも見える。
青年が何を思い、何を待っているのかはわからなかったが、その表情だけでも充分に幸せであるのだろうと予想できた。

しかしながら徐々に日が落ちてゆき、辺りが闇に包まれてもその公園には誰一人としてやってこなかった。
時折、犬を連れた年配の女性や、厚手のコートを着込んだサラリーマンが足早に公園の傍を通り過ぎるだけで、誰も青年の姿すらその視線の中に収める事はなかった。
時計は淡々と正しい時間を刻み、青年は徐々にその指先と鼻を赤く染め上げていった。
しかしながら、一向に立ち去ろうとする気配もなく、ただただひたすらに待ち続けていた。

きぃきぃと小さなブランコを軋ませながら、時折時計を見上げては静かに待ち続けた。
それでも時間は進み続ける。
青年はそこで待ち、かちりっという小さな音を耳にした。

それは、日付が変わった事を知らせる音。
無常で、無慈悲な時計は、いつでも正しく時間を告げる。
そんな時計をじっと見つめ、青年は溜息をついた。
すでに体は冷え切っているのであろう。寒さのあまり、顔色も優れない。
もう、何時間になるのだろうか…
それでも、青年はじっと黙ったまま時計を見上げては、また待つ事を繰り返した。
かさっ…ずっと持ち続けているその紙袋は、シンプルでどこか品がある両手大の小さなもの。
ふっと、そちらに視線を寄せ青年は再び小さく微笑んだ。
もう何度目か分からないほど繰り返した、時計を見上げる行為。
その時間を確認して青年は小さく溜息をつき、その場から立ち去ろうと足を踏み出した。

「待って!!」

もう諦めていたその声を耳に入れ、青年ははっとして唯一の出入り口を見つめた。
夏の残暑はすでに鳴りを潜めている季節なのに、その人は額から汗を流していた。
いつもはキッチリと着ているスーツがヨレヨレで、ジャケットも小脇に抱えている。
その人のお気に入りの革靴は、走るのにはきっとキツかっただろう。
肩を上下させ、必死に息が落ち着くのを待っている。
そんな姿に、青年はたまらなく愛おしい気持ちが溢れ出していた。
満面の笑みを浮かべて、その人へと走りよりギュッと抱きついた。

カタカタと青年の持つ紙袋の中で腕時計が、その存在を主張する。

これから訪れる二人の時間を、刻める事を喜ぶように。




友人のプレゼント用、第一弾。
季節は秋。
寒い中、待つのはきっとつらかろうて…




(3) 帽子



初雪がこの山に振ってから、どれほど経っただろうか。
日に日に雪は積み重なり、しっかりと冬の足音を刻み付けていた。
そんな中でも、何故だか山道を淡々と歩く『ヒト』が居た。
どう考えても、『里のニンゲン』では無い。
『里のニンゲン』は、この道を絶対に通らないからだ。
【バケモノ】が出ると噂のあるこの道は、もう何年も前から誰も通らなくなったのだから…。
『ヒト』は黙々と道を歩き、時折息を吐き出しては周囲を見回し、そして一つ溜息を吐き出すと、また歩き出す…を、繰り返していた。
何がしたいのか良く分からない…。
ソレを繰り返す『ヒト』が気になり、フッと背後に立ってみた。
……やはり『ヒト』だ。気がつく様子がない。
背は少し高いぐらいか…『里のニンゲン』の中に居る、若いやつよりひょろっこい気がするが、弱そうな雰囲気では無い。
ふわり…と、何だか懐かしい匂いが漂う。
「オイ、貴様。ココで何をしている」
ふと出来心で背後から声をかけてみた。
明らかにビクッと肩を揺らせて驚いた様子の『ヒト』に、笑いが込み上げてしまう。
慌てた様子でこちらを向く『ヒト』。
毛糸の帽子を目深に被っており、顔は見えない。
モコモコと暖かそうな帽子の下、口元には何故か深い深い笑みが湛えられていた。
………何なんだ、この『ヒト』は。
「やっと…やっと、会えた!!」
嬉しそうに…それは、本当に嬉しそうにそう言う『ヒト』の声。
その響きにドキリとした。
不意に何か懐かしい感じがして、顔をしかめる。
何だ?何なんだ?
遠い昔に、感じた事があるような気がする…
この、胸の高鳴り…
甘くて、優しくて、愛おしい、この心地。
知らず知らず、一歩後ろへと引いていた。
頭の中のどこかで響く、危険だという誰かの声。
「ずっと……ずっと、探していたんだ」
目深に被った帽子を、ゆっくりと脱ぐ『ヒト』。
帽子の下から現れる、意志の強そうな双眸も、タンポポの綿毛のように柔らかいであろう髪。
早鐘の様に、五月蝿く騒ぐ己の胸を、無意識のうちにギュッと拳で押さえた。
一瞬にして、あの日へと記憶が遡る。

〔…ひとりなの?〕
小さな体に、あどけない表情の少年。
幼い頃に出会った、小さな小さな『ヒトの子』。
〔ボクも、ひとりなの。いっしょに、あそぼ?〕
嬉しそうに微笑みかけてきた『ヒトの子』は、得体も知れぬと言うのに気にもせずに、この手をとった。
日が暮れるまで、互いの名も知らぬまま共に遊んだあの日。
彼からもらった、あの青い野球帽は今でも大切に取ってある。

「ねぇ、また一緒に遊ぼう?」
何も言葉が出ずに居ると、そう言って今まで自分が被っていた帽子を頭に載せた。
この、異形の耳を隠すように。
ポロポロと両の目から零れ落ちる雫を、最後に見たのはいつであったか。
『ヒト』に憧れ、『ヒト』を焦がれ、『ヒト』に避けずまれ、『ヒト』を嫌った。
好きだったから。『ヒト』が…お前が、好きだったから。
いつの間にか、戻った姿。
獣の姿のまま、『ヒト』の胸へと飛びついた。
懐かしい匂いを胸いっぱいに吸い込んで、今は沢山泣いておこう。
そしてそれが落ち着いたのなら、まずは言いたい事がある。

- 名前を、教えてくれないか? -




友人へのプレゼント、第二段。
季節は、冬。
ぬくもり恋しい、この季節。
動物の体温は高めだから、心地良いね♪




(4) 伊達メガネ



「何で、振袖なんだぁぁぁぁああぁあぁぁああああああ!!!」

俺の大絶叫を軽く無視して、アイツは心底楽しそうに笑っていた。
この、悪魔め…

「俊君。せっかくの卒業式なんですから、これ位しなくてはね」

ちなみに、振袖ではなく袴ですよ~。と相変わらず掴み所の無い笑顔でも言われても、腹が立つだけだ。

「どっちでもいいよ」

正直、この際やけくそだ。振袖だろうと、袴だろうと、ハイカラさんだろうと、花魁だろうと…何でも良い。

「花魁…その手もありまし「ねぇよっ!!ってか、人の心読んでんじゃねぇ!!」…残念です」

心底残念そうに言いつつ白衣のポケットに片手を突っ込んで、銀縁の伊達メガメを押し上げた。
異様に似合ってるその姿に、軽く嫉妬しながら半分にらみつけて眺めていた。
確かに、蒼井は身長も高いし大人っぽいし、こういった格好は似合うであろう事はわかっていたんだけど…

「ずりぃ…俺も、そっちがよかった」
「仕方がありませんよ?俊君がこれを着たら、袖も裾も余ってしまいますよ」
「うっせぇよ!!」

地味に寸足らずと言われた…。
んな事、蒼井に態々言われるまでもねぇよ。俺自身が、一番良くわかってんだっつーの。
ショックで項垂れると、蒼井が髪型を崩さないようにそっと頭を撫でてくれた。

「俊君、充分似合っているんですから、そんなに落ち込まないでください」

…こういう気遣いが出来るのに、何でこいつ彼女居ないんだろう?
とか思いつつ、とりあえずは怒りを納めることにした。
だって今日は、俺達の卒業式なのだから。

うちの学校は専門学校であり、自由な発想を求める職種であることはわかる。
そのため、学校行事も奇抜に!!がコンセプトなうちの学校の卒業式は、なぜか卒業生は皆仮装するのが代々の慣わしになっていたりする。

…めんどくさがって、衣装選びを全面的に蒼井に任せた俺にも、責任があるのはわかっている。
蒼井が何故か、以前から俺にやたらと様々な服を進めてきたこともあった。
その中のいくつか…いや、半分以上が女物だったという記憶も新しい。

だからって、卒業式の日にコレは無いだろう…
やりきれない思いを抱いたまま、もう一度蒼井を見上げると伊達メガネをカチャリと押し上げて、にっこりと微笑まれた。

蒼井はココに入学した時から、何となくつるむ様になった友人だ。
身長が高くて、イケメンで、成績優秀で、なんでもそつなくこなすコイツは、友人でもありライバルでもあった。
毎日のように一緒に登下校して、遊んで、勉強して…
こうして一緒に毎日のように顔を合わせることも、馬鹿なことする事もなくなるんだと思うと、ちょっとだけ寂しくなる。

「ん?どうかしましたか、俊君。もしかして、僕の顔見惚れ「てねぇし」…そうですか」

いや、このうっとおしいのから離れられると思うと、清々するの間違いかもしれない。
ぐすんっと嘘泣きしつつ、伊達メガネを頭まで押し上げて涙を拭くマネをする蒼井。

「…てか、お前なんの衣装なわけ?」
「僕ですか?」

にっこりと笑って、ポケットから何かを取り出して首元にかけた。

「お医者さんです!」
「へぇ~、ほぉ~」

これ見よがしに振りかざしてくる聴診器が、とりあえずウザイとだけ言っておこうか。
薄い反応を返したのが不服だったのか、それともテンションがあがってるのか…今度は先ほどとは反対のポケットから、注射器を取り出してきた。
ってか、お前のポケットは青色の猫型ロボットのあれかよ。

「じゃじゃ~んっ!こんなものまであるんですよ?」

何か…いやな予感しかしねぇんだけど…

「さ、俊君。前をくつろげてください。先生のぶっといお注射をさしてあげ「下ネタかよっ!!」」

コイツ、ホント顔とか良いくせに、時々こういったぶっ飛んだ事してくるから残念なのだ。
ま、それがコイツの面白いところでもあるし、気に入ってんだけどな。

「…ん?じゃぁ、何でお前伊達メガネなんかかけてんだよ」

蒼井は、視力は多少弱いがメガネをかけるほどではない。
明らかに伊達メガネなのだが…異様に、似合ってるんだよなぁ。

「これですか?これは、僕の個人的な趣味なんです」

伊達メガネが趣味だったとは、初耳だ。

「メガネって、かけているだけで知的に見えるでしょう?それに、多少顔の印象も変えてくれます」

確かに、メガネがあるなしで、人の顔の印象は大きく変わる気がする。

「それにやっぱり…鬼畜にはメガネでしょ「何の話だよ!!」」

ホントに、意味がわからん。
壮絶に突っ込んで、大きく溜息をつくとこの学校生活で変わる事がなかった俺達のこの関係が何だか面白くて笑えてきてしまった。

「おぃ、蒼井。そろそろ時間なんじゃね?行こうぜ」
「あぁ、本当ですね。では、参りましょうか」

とりあえず、社会人になってもコイツとはきっと一緒に居られる気がする。
今日は…今日だけは、とりあえず蒼井の我侭に付き合ってやるか。
そう、思いながら俺は蒼井とともに卒業式の会場へと向かった。


後日、入社した会社の入社式で蒼井と再開し、同じ職場の隣同士のデスクという所で、何だか恐怖を覚えたのだが…
勘違いだ。気のせいだ。偶然だ…と、永遠に自分のことを騙しておこうと思う。




友人への誕生日プレゼント、第三弾。
季節は、春。
卒業式、入社式、入学式…式とつくものが多いこの季節。
こんな面白い卒業式、やってみたかった…コスプレ卒業式的な?www




(5) しゃぼん玉



くるくると渦を描くように、様々な色をきらめかせて浮き上がると、目の前でバチンッと蟻の囁き程の小さな音を立ててソレは消えた。
一瞬の幻のような光景に、思わず目が奪われた。

昨日まであんなにジメジメと鬱陶しかった雨雲は消え去り、熱く眩しい太陽が頭上で痛いぐらいに輝いている。
こんな暑い日は、外に出ることすらめんどくさい。
そう思いながら、今いる遊具の上から少し先を見つめる。

小さな公園ではあるが、それなりに遊具がある。しかし、この公園にはほとんど子供の姿が見えない。
仕方がない。熱いんだから。

昨今のお子様達は、熱中症や日射病。感染症やはては誘拐なんぞを恐れた親御さんたちの為に、屋内遊戯に興じることの方が多いようだ。

俺がガキんちょの頃には、皆真っ黒になって外で走り回って、夏の夕日を見つめながらセミの声を聞いて帰ることしか知らなかったっていうのに。

……おっさんみたいだ。と、一人落ち込んで溜息をついていると、ふと視界の端に小さな影が入り込んできた。
真っ青な野球帽を目深にかぶって、Tシャツと半ズボンといった典型的な子供の姿。

そういえば、このガキは以前からこの公園に一人で来て遊んでいた。
公園内に一人ポツンと立って、何故だか毎日しゃぼん玉を吹いていた。
今日も今日とて、様々な大きさのしゃぼん玉を作っては空へと解き放っている。

何がそんなに楽しいのだろうか…

しゃぼん玉なんぞ、もう十年以上やっていない。
ふとした興味から、俺は座っていた遊具から飛び降りて、ゆっくりとガキんちょの傍へと歩んでいった。
ガキんちょはよほど真剣なのか、近づいてきた俺なんか気にしないで一心不乱にしゃぼん玉を作っていた。

「よぉ、上手に作れるんだな」

声をかけると、びっくりした表情で自分より高い位置にある俺の顔を見上げてきた。
大きな目が印象的な、男の子。

「しゃぼん玉」

その場に屈み、ガキんちょと視線を合わせる。

「毎日、来てやってんだろ?」
「…うん。お兄ちゃんも毎日居るよね」

恥ずかしそうに、でもちょっとだけ嬉しそうに頷く姿に、幼い頃の弟の姿が重なった。
いっつも後ろをついて回っていた、二つ下の弟。
いつの間にか、俺よりガタイも成績も良くなっていた弟。
それでも『兄ちゃん』って呼んで慕ってくれて…

「お兄ちゃん?」
「え?あ?わりぃ…聞いてなかった」

何度か呼ばれていたんだろう。ガキんちょが、俺のことを見ながら首をかしげていた。

「で、何だったっけ?」
「うんっとね……お兄ちゃんもやる?」

そう言って、差し出されたのは予備に持ってきていたのであろうしゃぼん玉の液とストロー。

「……んじゃ、遠慮なく」

カッターの袖をまくって小さな手からそれらを受け取り、液にストローを着けて息を吹き入れた。

 ー ブクブクブク

「お兄ちゃん、違うっ!!」
「あっはははは~。わりぃわりぃ」

いやいや、これも昔やったわ。なんてくだらない事やって笑い、今度はちゃんとストローを液から取り出して息を吹き出した。
少しだけ強めで、スピードをつけながら細く、長く…
そうやって息を吹き出せば、小さなしゃぼんの玉がくるくると虹色の膜をまといながら空へと飛び出していった。

「お兄ちゃん、すごいねっ!たくさんだねっ!!」

そう言ってはしゃぐガキんちょに、ドヤ顔で笑いかけてやりながら、もう一度同じ要領でたくさんのしゃぼん玉を作ってやる。

「ボクのしゃぼん玉より、いっぱい!!すごい!ほら、あそこにも!!」

今日は風が少ないから、ゆっくりとしゃぼん玉も飛んでいく。
何かの童謡の様に、近所の家の屋根の辺りで消えた。

「あ~、消えちゃった~」

残念そうに見つめるガキんちょの頭を撫でてやると、嬉しそうに微笑んだ。

「ほら、お前も作ってみろよ」
「うんっ!」

俺のまねをして一生懸命ストローを吹くガキんちょの隣でぼけっとしながら、現れては消えるしゃぼん玉を眺めていた。
どっちが沢山作れるか…そう言って勝負をしていた俺達は、いつの間にか今度はどちらが大きなしゃぼん玉を作れるかといった勝負へと変わっていた。

「でっかいのは、ゆっくりと、そーっと吹くんだぞ?」
「知ってる!!」
「んじゃ、行くぞ?せーの」

二人同時にゆっくりとストローへと口を寄せる。
ゆっくり…そっと…壊れないように……
徐々に大きくなっていくストローの先のしゃぼん玉は、そこに俺の姿とガキんちょの姿を様々な色で描いていた。
時折形を変えては、一生懸命にストローを吹く俺とガキんちょ二人だけの公園をその身に、映し出す。

「うわっ!」

唐突にガキんちょが叫んだかと思うと、あ~ぁ。と残念そうな声も聞こえてきた。
どうやら、ガキんちょのしゃぼん玉が壊れたようだ。俺もそろそろ息が限界だ。
大きなしゃぼん玉は、このストローから離す瞬間が難しい。
ストローを口から離し、そっと上へと持ち上げるようにしてやりしゃぼん玉とストローを離そうとした瞬間…

 ー パチッ

小さな小さな破裂音をさせて、俺のしゃぼん玉も消えた。

「あ~ぁ、お兄ちゃんも消えちゃったね」

あんなに大きかったのに。最後が残念だったね。そういって無邪気に笑うガキんちょの顔を見ていて、脳裏に声が聞こえた。

『ホント、兄ちゃんは最後のツメが甘いんだから』

そう言って笑う、弟の声が。

「お兄ちゃん?」

ガキんちょの顔が、何だか不安そうに揺れる。
あぁ、わりぃ。

「しゃぼん玉、サンキュな?楽しかったぜ?ガキんちょ」
「ガキんちょじゃないよ。ゆうすけだよ」
「おぉ、サンキュなゆうすけ」

しゃぼん玉を返して、野球帽頭を撫でてやる。

「お兄ちゃん?」
「お兄ちゃんじゃねぇよ。祐介だよ」

じゃぁな。
それだけいうと、俺はしゃぼん玉とともに空へと一緒に消えた。



ボクに名前を教えてくれた後、お兄ちゃんは消えた。
毎日真っ白いお洋服を着て、公園に居たお兄ちゃん。
お兄ちゃんと遊びたかったけど、ボクから「あそぼ」って言えなくて…

毎日しゃぼん玉をしてたら、ある日お兄ちゃんから声をかけてくれた。
一緒にしゃぼん玉をして、遊んでくれたお兄ちゃん。
しゃぼん玉を上手に作るやり方を教えてくれた、お兄ちゃん。

「しゃぼん玉、サンキュな?楽しかったぜ?ガキんちょ」

ボク、そんな名前じゃないよ。

「おぉ、サンキュなゆうすけ」

お兄ちゃんの手、何だか優しい。ねぇ、どっか行っちゃうの?お兄ちゃん。

「お兄ちゃんじゃねぇよ。祐介だよ」

あ、同じ名前!そう思って顔を上げたら、もうそこにはお兄ちゃんは居なかった。
ボクに名前を教えてくれた後、お兄ちゃんは僕の前から消えた。

「兄ちゃん!!」
「しんすけ!」

ちっちゃい足で一生懸命走ってくるボクの弟。
二つのしゃぼん玉とストローを握って、伸介の所へと走った。
今度は、ボクが伸介にしゃぼん玉の作り方を教えてやるんだ。




友人への誕生日プレゼント、第四弾。
季節は、夏。
実は、これから今回の誕生日プレゼント企画は始動w
久し振りにやると、案外楽しいもんですよね♪
そして、1時間以上とか気がつくと遊んでいるという…恐ろしい!!w




(6) カメラ



その小さな四角の中に、全てが入ってしまうのが好きだった。
僕は昔からカメラが好きだった。
手のひらに乗ってしまうほどの小さな機械が、目の前を切り取っていくのに感動を覚えた。
その小さな四角の中には、いくつものストーリーが詰まっていて、僕は何時間でも写真を見つめて過ごす事が出来た。


何の気なしに、その日も近くの公園に写真を撮りに行っていた。
小さな池と簡単な遊具が設置してあるその公園は、最近の僕のお気に入りの撮影スポットだ。

休日の昼前であり、親子連れや小さな子供達が楽しそうにはしゃいでいる姿が多い。
時折、犬を連れたお爺さんや、ドラマの話しをしているお婆さんが通り過ぎていく。
なんとも穏やかな光景だ。

僕はいつもどおり、カメラを構えて写真を撮り始めた。
一応、風景や植物なんかを撮っていく。
そのうち、気になった人が居たら、声をかけて撮影の許可をもらう。
基本的に、個人で楽しむようにしているものだから、みんな気軽にOKをくれたりする。
そんな感じで、いつもどおりのんびりと撮影をしていると、遊具から少しはなれたベンチに一人の男の人を見つけた。
この辺りの近所では、見た事が無い顔だった。

基本的に僕は、近所を撮影と称して練り歩いているため、この辺の人の顔は少なからず覚えている。
しかしながら、その男の人はこの辺りでは一度も見かけた事が無い顔だった。
一度見たら、忘れる事が出来ないであろう顔…
綺麗で、儚くて、穏やかで、優しい顔…

「あ、あの!!」

気がついたら、僕はその人に声をかけていた。

「スミマセンが、写真を撮らせていただけませんか!」

緊張しながら、一気にまくしたてる様に言葉をつむぐ。
こんなに綺麗な人、今まで見た事が無い。

「…シャシン?…トル?」

その人は、不思議そうな顔をして僕を見上げた。
…あれ?も、もしかして日本人じゃなかったとか?
綺麗だけれど、日本人っぽかったから日本語で話しかけたんだけど…

「あ、あの…えっと…ぴ、ピクチャーおーけー?」
「?」

あっれぇ?英語もダメなのかな?
いや、もしかして、僕の英語がダメなだけなのかもしれない…
確かに、英語のテストは壊滅的だったし、評価もギリギリ2もらってた位だし…
う~ん、と僕が唸っていると、その人はクスクスと笑い出した。

「スミマセン。言葉は分かるので大丈夫です」
「あ、良かった!」

流暢な日本語に、ほっと胸を撫で下ろした。
少し笑っていたその人は、次の瞬間には困ったような顔をして僕の事を見上げた。

「ごめんなさい、その…シャシンというものがわからなくて」

本当に申し訳なさそうに謝るその人を見ていたら、僕が悪いことをしている気になってしまった。

「いや、何か僕こそスミマセン!写真って言うかカメラで撮らせて欲しくって…」
「カメラ?もしかして、その手の中のものですか?」
「はい、見てみますか?」

そう言って、何の気無しにその人に手の中に会ったカメラを渡した。
白くて細い指に包み込まれるカメラは、いつも見ているものなのに、まったく別の物に見えてしまう。

この人の手に触れると、全てのものが綺麗になってしまう気がする。
手の中のカメラをしばらく触り、眺めすがめつしていたその人は、ふっと微笑んで僕のほうへと向き直った。

「随分と大切にしていらっしゃるんですね」

その微笑と、見られていた様な気恥ずかしさとが込み上げて来て、まともに顔が見られなかった。


それから僕は毎日あの公園へと向かった。
手には、あの日あの人が触ったカメラを握り締めて。
あの人は写真は撮らせてくれなかったけれど、それでも僕は顔を見たくて、話したくて、少しでも傍に居たくて毎日通った。
彼は毎日そこに居て、僕が行くと嬉しそうに微笑んだ。

「こんにちは、今日は何の話をしますか?」

そう切り出す彼の顔が、本当に楽しそうで、嬉しそうで…その顔を見るだけで、僕はたまらなく幸福になった。
毎日くだらない事しか話さない僕の話を、とても楽しそうに聞いてくれる彼。
常識的なことを知らないと思えば、意外な事を色々と知っていたりもした。

不思議だけど一緒に居る事が幸せで、何時間も公園のベンチに座って話していた。
彼が特に興味を持ったのは、僕が撮り溜めていた写真の数々だった。
電車や飛行機などの乗り物から、美術館や学校などの建物。
工事現場のおじさんや、運動会のリレーで走る子供達など…

一つ一つの写真を手にしながら、身振り手振りを加えて話すと、キラキラと目を輝かせて食い入るように話を聞いていた。
僕は嬉しくて、楽しくて、毎日様々な写真を彼へと持っていった。
アルバムとカメラを持って公園へ行くのは、僕の日課になっていた。


「あの…私の写真を、撮っていただけますか?」
「え?」

ある日、唐突に彼がそう切り出した。
それまでは、たまに僕が写真を撮らせてくれるよう切り出してもやんわりと断られていたのに…
何故だか、その日は少し困ったような笑顔でそう言い出したのだ。

「今更…でしょうか?」
「そ、そんな事ないです!!」

願っても無い事だ。僕は意気込んでベンチから離れ、カメラを構えた。

「あの……出来たら、一緒に写りたいんです」
「……え?」
「私と…写って貰えませんでしょうか?」

はにかむ姿に、眩暈がするのではないかと思った。

「喜んでっ!!」

カメラを置ける場所を探し、レンズを覗き込みながら位置を調節する。タイマーをセットして、ボタンを押した。
慌てて彼の横に腰掛、緊張する表情を何とか誤魔化して笑う。
ジジジジジ…カシャッ
古臭いカメラのシャッター音が聞こえ、ほっと息を吐き出した。

「たぶん、撮れました。ありがとうございました」
「いいえ。私のほうこそ、ありがとうございました」
「写真、出来たらまた持ってきますね」

嬉しくて、カメラを持ち上げながらそういった僕は、この時の彼の表情を見ていなかった。


次の日、写真を現像した僕は、その写真を持ったまま公園へと急いだ。
僕が現像に出したフィルムの中には、公園や人物の写真が何枚かと、彼との写真が入っているはずだった。
息を切らせて公園へと向かい、いつものベンチに彼が居る事を認めて、ほっと息を吐き出した。

「こんにちは」

彼はそれだけ言うと、とても悲しそうに綺麗に微笑んだ。

「…写真、出来ました」

僕は息を整えると、それだけ小さく言った。
ちゃんと聞こえていたか不安だったけれど、彼には聞こえていたようで「そうですか」と小さく囁き返してくれた。
どうしていいか分からなくて、現像した写真の中から一枚を取り出して、彼へと差し出した。

「……よく、撮れていますね」

写真を受け取りじっと見つめたあと、彼はそう言って優しく微笑んだ。
彼の手の中には、夕暮れ時の公園のベンチで緊張した笑顔を貼り付けた、一人っきりの僕の写真があった。

「この何日間か、とても楽しかったです」

彼はそう言い、あの悲しい笑顔を浮かべた。

「このまま…ずっと、このままでも……いえ、何でもありません」

何でだろう…やけに公園が静かだ。

「ありがとうございました。本当に楽しかったです」

何でだろう…彼の声が小さくなっていく。

「また…写真、見せてくださいね」

何でだろう…彼の姿が、霞んでいく。
気がついたら、誰も居ない夕暮れの公園で一人たたずんでいた。
手に持っていた僕だけが写ったその写真。
一瞬だけ、真っ白い羽を生やした彼が見えた気がした。

- カシャッ

カメラをいつものベンチに向けてシャッターを押すと、僕は振り返ることなく公園を後にした。
また、写真を撮り溜めようと思う。
彼に会ったときに、沢山話が出来るように。




友人への誕生日プレゼント、第五弾。
カメラは、普段から好きで持ち歩いています。
しかしながら、いまだかつて不思議写真は撮った事が無い…
素敵なものは撮れたら嬉しいですが、怖いものまで撮れたら恐ろしいですよねι




(7) ラッキーデー




……最悪だ。

今日と言う日は、俺史上最悪な日に違いない。
ついこの間買ったばかりのバイクを走らせ、帰って車庫に入れようとして、気が緩んだのが敗因だ。
バイクは見事に俺の立っている左とは反対側へと、重力に任せて倒れて行く。
エンジンは切れているから、大丈夫だ。
重い車体が倒れていくのを見ながら、あぁ……こいつがいわゆる立ち転けか…と妙に納得したしまっていた。

……最悪だ。

ヘルメット内の籠った声で、小さく呟きとりあえずバイクを起こす。
あぁ…ウィンカーのカバーがダメになってる…こっちもキズが入った…と、車体をチェックしながら溜め息を洩らす。

「あの……大丈夫ですか?」

後ろから声をかけられて驚いて見上げると、随分柔らかい印象の男が立っていた。

「あ、いや…こんなの、すぐに直りますからっ!」

この人にさっきの姿を見られたのかと思うと、顔から火が出るんじゃないかと思うぐらい恥ずかしかった。

「いえ…バイクではなく、お体の方なのですが……」
「え?あっ!はいっ!!大丈夫ですっ!!!」

更に恥の上塗りだ……
もぅ、穴があったら…いや、今すぐ穴を掘って埋もれてしまいたい。
そんな感じで凹んでいると、その人はフワッと微笑んで良かった。と呟いた。
  その笑顔から目が離せなくて、このままサヨナラはしたくなくて

「あ、あのっ!」

考えもなく、話しかけてた。

「はい、何ですか?」
「えっと……な、な、名前っ!!!」

教えてくださいじゃ、ダメだよな。

「俊介って言います!」
「えっと、恵一…です」

けいいちさん……はにかみながら名乗る彼が、可愛くて仕方がなかった。
……あれ?可愛い?

「あの……ヘルメット、暑くありませんか?」
「え?あっ!」

そう言えば、メット被ったままだった。
恵一さんの笑顔に見とれてて、思いっきり忘れてた。
慌ててグローブを外して、メットを脱ぐ。

「!!!」

メットを外した俺を見て、ビックリした顔をする恵一さん。
軽く髪型を直してももう一度恵一さんを見ると、真っ赤な顔をしてうつ向いてしまった。
あ、耳まで真っ赤とか…可愛い。
……あれ?また?

「恵一さん?」
「は、はいっ!!!」

ちょっと、緊張した感じがまた可愛い。
これは……いける?

「バイク、乗りたくないですか?」
「乗りたいっ……デス」

  か、可愛いっ!!!
何だ、この可愛い生き物はっ!!!
予備に持ってたヘルメットを取りだし、差し出した。

「乗ります?」
「はいっ!!!」

嬉しそうにメットを被る恵一さんの可愛さに、言葉も出ない。
準備をして、恵一さんが乗りやすいように縁石に寄せて…

「あ、あの……俊介…さん」

あ、名前呼んでくれた。いや、ここは冷静に…

「はい?」
「初めて…何で、優しくお願いします」
「!!!…はいっ!!!」

上目遣いでその台詞は、反則だろっ !!!
後ろに乗ってもらい、腰に手を回してもらう。
ちょっとでも密着していたくて、それから自分のメットを被るなんて、ちょっとセコいなんて無視だ。無視!

「いきますよ?」
「はいっ!!!」

あぁ、今日は最悪だと思ってたけど、こんなに良いことがあるんだ。
今日はきっと、ラッキーデーだ。




はい。実は、自分がこけた経験から作成された一品w
もう、本当にこけた時は、最悪だと自分の事を呪いましたw

こんな小説のように、最高の日に変える事ができたら、どんなに良かった事か…(涙




(8) ご褒美



秋は、どこへ行ったんだ。秋はよぉ…
そんな文句もつきたくなる程、一気に寒くなったこの11月。
気がつけば、厚手の上着を着込む年配のご老体や、サンダルからブーツへとシフトチェンジするうら若き女性が増えている。

……うら若きって、俺はおっさんかよ。

一人で自分にツッコミながら、今日も大型スーパーの駐車場であっちへ、こっちへと車を誘導していたりする。
スーパーの誘導員舐めんなよ。
こっちだって、案外大変なんだかんな。

「……さみぃ」

あぁ、何だか虚しくなってきた。
こんだけ寒い中、立ちっぱなしで頑張ってんだから、もうちっと時給上げてくんねぇかなぁ…
そんな事を考えていると、同じ制服に身を包んだ親父と同じぐらいのオジサンがやって来た。

「長浜君、お疲れさん」
「吉田さん、お疲れ様です!」
「交代の時間だよ」

このオジサン、吉田さんは柔和な笑顔と軟かな口調でしかもなかなかのイケメンだったりする。
最初俺がこのバイトに入って一番最初に聞いた質問が「何でこんな所で、仕事してるんですか?」だったりする。
いや、もう…ホント何だコイツはって質問だったのに、吉田さんは、笑顔で「案外、好きなんだろうね」って、優しく答えてくれた。
だらかな?俺は吉田さんに、結構なついてる。
吉田さんも、あんな質問した俺でも変わらず優しくしてくれている。

「じゃあ、お先に失礼しますね」
「はい、お疲れ様」

無線を手渡すと、俺は向きを変えた。
今日は大学で講義がこの後ある。
そのまま今日は別のバイトへ行って帰るから、吉田さんとはここでバイバイか…

「あ、長浜君」

ちょっと寂しいなぁ…とか思ってた俺は、いきなり声をかけられて、ふと振り返るとぶつかりそうな位置に吉田さんが居て、ドキッとした。

「はい、ご褒美」

そう言って手渡されたのは、温かい缶コーヒー。
しかも、俺の好みのメーカー…

「講義、頑張ってね」

ポンポンと柔らかく頭を撫でて、笑いかけてくれた。

「あ、ありがとうございます!行ってきます!」

顔が熱いのが分かるから、焦ってその場から逃げ出した。
手の中の缶コーヒーから伝わる、液体の振動が嬉しい。

「うおっしゃぁ~!がんばんぞー!!!」

現金かもしんないけど、今日の俺は無敵だ!!!




好きな人からのご褒美、それだけで頑張れる理由になる。
恋愛って、素敵ですよね。




(9) その花の名は



教えてください。



『その花の名は』



「ねぇ、聞いてる?」
「うん。それで?」
「それでね!!」

先を促せば、目の前の女はまたニコニコと笑顔を張り付けて下らない日常茶飯事を話始めた。
ボクはそれをニコニコと、詐りの笑顔を張り付けて聞き流す。
これを、後どれぐらい我慢すれば、ボクは満足出来るのだろうか・・・
そんな事を考えて外を眺めた瞬間、息をするのを忘れた。
外界と店内を仕切るガラスの向こうを歩く、一人の人。
明らかに年上で、社会人で・・・

男。

それでも、何故か目が放せなかった。
一瞬たりとも、反らしたくなかった。

「ねぇ、ホントに聞いてる?」

先程まで何でもなかったコイツの声が、今は酷く煩わしい。

「ゴメン、用事出来た」
「え?」
「つか、別れる」
「は?何言って・・」
「今、好きな人出来たから」
「はぁ?」

何か喚いている気もするが、振り返らない。
今はあの人を追い掛けることが、大切なのだから。
走って、走って・・・
息が切れそうな頃、ようやく見つけた花の様なアナタ。

声を・・・何か、話しを・・・
そうは思っても、上手く口が開かない。

「あのっ!!」
「・・・?」

まるで、中学生みたいだ・・・なんて、頭の片隅でぼやきながも
ようやく、その一言を口から吐き出す。

「お名前、教えてください!!」

そう。まだこれからなのだ。
だって、ボクは知らないのだから。

この、花の名を。




(10) 魔王城の日常



魔王が住まうその城には、暗い影が今日もかかっていた。
魔界を統べる、絶対的な存在。
人からも、同じ魔物からさえも恐れられるその人物は、自室の机へと向かい…

「………ぐぅ」

寝ていた。

「魔王さまぁあああ!!!」
「?!!!!」

ダカァンッ!!!と、扉を恐ろしい勢いで開けて入ってきた人物は、その勢いのまま飛び起きた魔王の元へと走りよった。

「魔王様!!この様な所で、お眠りになるなんていけませんっ!!」

冷え冷えと底冷えする様な色の、真っ青な色の髪をした青年は、そう言ってメッと人差し指を突き出した。

「もし、この部屋に盗聴器なりカメラなり仕掛けられていたら、どうするおつもりなんですか?」
「………」
「魔王様がお眠りになられた隙に、その愛くるしいお姿に欲情した輩が、いつ襲いに来るともしれませんっ!!」
「………」
「お休みになられたいのならば、どうかこのイザルキエの寝室へとお越しいただき、褥を共に致し…」
「…イザ、五月蝿い」
「グハァッ!!」

寝ぼけ眼で熱弁する青年を見上げていた魔王は、その黒い双眸をふいっと室内へと向けた。

「ってか、んな事すんの、イザ以外誰が居るって言うの?」

そこと、そこと、そこと…と、指差した先から次々と机の上へと飛んでくる盗聴器や、隠しカメラの数々。
にっこりと、その可愛らしい顔で満面の笑みを作る魔王に対して、イザと呼ばれる青髪の美青年は顔面を真っ青にしている。

「イザ」
「………はい」
「俺、こういう事するヤツ、だいっきらい」
「?!!!」

語尾にハートがつきそうなほど可愛らしくそう言うと、魔王はどこから出したのかハンマーで容赦なくその機械の数々を叩き潰した。

「ふぁぁあ……よく寝た。さぁて、ちょっと遊びに行って来ようかな」

涙を流すイザルキエを放置して、魔王はその部屋を後にした。

今日も魔王城は平和である。


・・・・・・

何となく、書いてみた魔界のお話。


きっと、魔王様は猛烈に可愛いんだろうと思います。

そして、イザ様はカッコいいのに残念であって欲しい…www
〇マのギュンちゃんみたく、主大好きすぎてカッコ残念さんが好き♪





(11) 僕が歌を歌うのは



清んだ声が響いていた。

真っ直ぐで、清らかで、遠くまで通る声。

誰もが立ち止まり、その声に耳をすませていた。

日曜日の小さな公園。
小さな子供から、お年寄りまで様々な人が居て、好きな事をして自由に過ごしている中で、その動きを止めてしまうほどの力を持った声。

気が付けば歌は止み、声の主がそこからゆっくりと立ち去ろうとしている所だった。

慌てて駆け寄り、肩へと手を置くと、ビックリした様子で振り返る。

「スミマセン。さっきの歌…すごく上手かったので……」

上手かったから、声をかける理由になるのか?
そんな事に今さら気がつき、次の言葉を失う。
そんな俺にその人はふんわりと笑って「ありがとうございます」と、囁くように答えてくれた。

ふわふわとした、暖かな気持ちが胸一杯に広がって気が付けば口から言葉が溢れていた。

「付き合ってください」
「え?」
「え?」

驚きすぎて、言った自分も変な声が出た。
そんな俺を見て、その人はもう一度あのふんわりとした笑顔で笑った。

「お気持ちは嬉しいですが、僕は男ですし…」
「男?!」
「?」

衝撃の事実…

このふわふわの可愛い人が男だなんて…
この先、俺は自分の何を信じて生きていけば良いんだ。

俺が打ちひしがれているのを横で不思議そうに見る姿も、可愛い。

「あの、お付き合いは出来ませんが、お友達でよろしければ…」
「喜んで!!!」

男だが、やっぱりこの人は可愛い。
恋人が無理なら、せめて友達でいたい。

変かもしれないけど、その時の俺はそう思った。
だから、その人の申し出が本当に嬉しかった。

その日から、その人と共に遊びと称して様々な所へと出掛けた。
遊園地や、水族館。映画は邦画よりも洋画の方が好きだって、言っていた。
音楽はあまり聴かないと言っていたけど、歌はとっても上手くて、時々ちょっとだけ歌ってくれた。
いつも真っ直ぐこちらを見つめ、真剣に話を聞いてくれる。
水族館の説明文や、本を読んでいる時なんかは声をかけても気が付かないぐらい真剣に読んでたりするし。
集中力が凄いんだって感心した。
俺には到底出来ない集中さだ。


ある日、たまたま店の前であの人を見つけた。

『ちょっと、驚かしてやろっかな…』

ホントに、軽い気持ちだった。

そっと気がつかれない様に店内に入って、ゆっくりと死角から近づく。
新しい紙の臭いが充満した店内は、身を隠すところが多い。
徐々に近づいてあと少し…

あの人に近づいて、気安げに肩を叩く女性。
忙しげに両手を動かしているのを見て、あの人が笑顔になる。
それから同じ様に、両手を動かすあの人。

あぁ、手話か。

きっと、あの知り合いの女の人が不自由な人なんだろう。
丁寧なやり取りをしているのを見て、後にしようと体の向きを変えた瞬間…

「あ、ごめんなさい!」

背中に小さな衝撃。
振り返ると、さっきの人…

「……耳」
「え?」
「あの、さっき…手話……」
「あぁ、あの方が不自由みたいだったから」

……あの方?
その女の人は、この店の制服であるエプロンに名札を着けている。
ゆっくりと視線を動かすと、ビックリした様にあの人がこっちを見ていた。

「あ…」

彼の口が開くのを見て、俺は店を飛び出した。

おかしいだろ?
ずっと一緒に居たんだ。
分からないはずがない。
だって、映画だって楽しそうに見てたじゃないか。
話だって、普通にしていたじゃないか。
もしかして、別人と勘違いしてしまったんじゃ…

走りながら、色んな事を考えて、色んな事を悩んだ。



「あの、話しって…」

あれから、俺はあの人を公園へと呼び出した。
最初に会った、あの公園。

どこか不安そうながらも、少し諦めてる様な顔で真っ直ぐにこちらを見つめる。
最初に会ったあの時から、変わらない。

「あの…」

何を、どう言ったらいいのか分かんなくて…

「黙ってて、ごめんなさい」

知られるのが…怖かったんです……

「何故だが、怖くて…時間が経てば経つほど…怖くて……」

すごく切なそうに笑う姿が、痛々しい。

「あの……俺、そんなに信用ない?」
「?」

ここで言わなきゃ、男が廃るでしょ!

「俺、例え聴こえなくても、話せなくても、見えなくても……いや、どんな姿でも、あなたの事好きですから」

うん、そうだよ。
俺、この人の事好きだ。

「好きです!めちゃくちゃ、好きです!愛してます!」

そうだよ。好きなんだよ!

「だから、俺と付き合ってください!」
「?!」

そうだった。
俺、この人と付き合いたかったんだ。

「でも、僕は男ですし…」
「いいです」
「聞こえないですし…」
「知ってます!」

あ、やべ…なんか、泣きそう?

「そのまんまの貴方が好きなんです!」

大好きで、大好きで……
言ってもらえなかった事が、悔しかったぐらいに。

「僕は……貴方に出会うために歌っていたのかもしれません」
「?」

嬉しそうに笑った顔が、すごい可愛い……

「言葉の練習の為に、歌を歌っていたんです。でも、違ったのかも…」

本当は、僕は……

「貴方に出会いたくて、歌ってたのかもしれません」
「?!!!」

まさか?!まさか?!!

「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
「っしゃあぁぁあああ!!!!!!」

ガッツポーズをとる俺に、嬉しそうに笑ったあの人。
あぁ、幸せだ。


君が歌を歌う訳。
それは、俺と出会うために。
そう思って、いいよね?
そう思って、浮かれるよ?

君が歌を歌う訳。


_____


何だか、上手くまとまらなかった過去の作品。


何が、書きたかったんだろう?




(12) 魔王城のハロウィン



「イザ~、イザ~!イザルキエ~!!」
恐ろしい雰囲気が漂う王城に似合わぬ、可愛らしい声が響き渡る。
「ぅおおぉぉおおおお~~!!!!」
それと共に、響き渡る謎の雄叫び。
ズササササ!!!!とスライディングで可愛らしい声で呼んでいた魔王の前に現れたのは、真っ青な髪の美青年。
「イザルキエ、只今御前に参上致しましてございまする!」
「遅いよ」
「申し訳御座いませんっ!!!!」
大して待ってもいないが、とりあえず文句を言う魔王に対して、イザルキエと名乗った青年は土下座をせんばかりに頭を下げる。
「まぁ、いいや。イザ、人間の世界じゃ、何かやってるみたいだね」
「はい。ハロウィンと言うイベントを行っております。そもそも、ハロウィンとは…」
熱心にその行事について説明をするイザルキエだったが、魔王はソファーに座りながら、ふぅんと気の無い返事を返すばかり。
「…と、言うものですが」
「あっそ、じゃ…トリック・オア・トリート!」
これが本題とばかりに、掌を差し出す魔王。
それを見つめる、イザルキエ。
「何してるの?コレ言ったら、お菓子が貰えるんでしょ?」
早く出してよね。とふんぞり返る魔王に、イザルキエは何やら難しい顔をしてゆく。
「これは、もしかしてそうなのか?いや……」
「……イザ?」
「お菓子をくれと求めておいて、出さなければイタズラと称してハグをしたり、キスをしたり…あまつさえ、そんな事までしてしまうと言うフラグなのか?!」
「…………。」
「いや、しかし!まさかのお菓子を渡した後の『逆にお菓子を要求されて、持ってないからボクがお菓子だよ』パターンなのかもしれないっ!」
あぁ!私はどうしたらっ!!!!
「とりあえず、お前は消えてしまえ」
「あぁ!どうしたらっ!!!!」
「コルトナ~!イザが気持ち悪い~!」
体をクネクネとくねらすイザルキエを放置して、何処かへと逃げてゆく魔王。

魔王城は、今日も平和である。

_____

ハロウィンですっ!!
いいですねぇ~♪

これだから、ハロウィンはやめられないwww





(13) 明ける日



< 1 >


古来より、この日ノ本の国では様々な神や妖(あやかし)が居たと言われている。
その多さより『八百万(やおよろず)の神々』などと言う言葉があったりする程なのだ。
そんな国にも、生まれてこの方そういった者達に出会った事が無い俺は、正直なところ信じてはいなかった。

そんなもの、古い伝承や昔話の中の空想だと思っていたのだ。



- ぱしゃっ…


近くの沢からだろうか…
山道を踏みしめていた足を止め、ふと顔を上げた。
はぁ…吐息を吐き出せば、目の前が白い世界に覆われる。
少し時間を置いて徐々に開けた視界の中、メガネを直すともう一度首を回した。
先程まで歩き詰めていた為か、身体はホカホカと温かい。
山奥にある、研究室へと篭るためにやって来たのだが…

「遠いな…」

その存在を知ったのは極最近で、これはいいと研究を名目に山に篭ってしまおうと思ったまでは良かった。
しかしながら、その研究施設というのがやけに山の中にある。
既にかれこれ2時間以上は、この山をひたすら登っているのだ。
…普通、成人男性が2時間山登りしたらそこそこの距離になるぞ?
さすがに疲れを感じてきた折に、先程の水音を聞いたのだ。

- ばしゃん…

再び、水音がした。
しかも、今度は意外と大きい。

「…サカナ?」

にしては、やけに音が大きい気がする。
いつもだったら、絶対にしなかった。
しかし、このときの俺は何か不思議なものに導かれるようにして山道を外れて、水音がする方へと行って見る事にしたのだ。



< 2 >

- バシャッ…バチャバチャ…バシャン…

音がしているであろう方向へと向かって歩いていく。
山道から離れてしまったが、そんなに遠くではない。
冬に聞く水の音は、心地よさよりも寒さの方が先にたつ。

- バシャバシャバシャバシャ!!!!

そのうち目の前に広がっていた木々が開けて、一気に視界が明るくなる。
この先に、音の正体がいる筈…
そう思って、一歩足を踏み出した瞬間に全身が軽くなった。

「…え?」

何か考えるよりも早く、一気に動き出す周囲の風景と身体に感じる浮遊感。

落ちた。

そう思った次の瞬間には、視界が奪われた。
表現するのが難しい様な音が、耳に入る。
続いて聞こえてきたコポコポという音や、身を切るような冷たさ。
何か強い力に押されるように動かされる自分の身体から川に落ちたのだと理解した。

次々と口や鼻や耳に入ってくる水が、遠慮無しに空気を奪う。
肺は酸素を求めているのに、求めるモノがどこにあるのか分からない。
どちらが上で、どちらが下か…
水を吸った洋服が、これ程までに重い事を初めて知る。
荷物が何処かに引っかかったのか、また不意に体の向きが変わる。
苦しくて、苦しくて、手足を動かしても、流れに動きを制限されてしまい上手くいかない。
そのうちに、目の前が真っ赤に染まっていき、徐々に動きが鈍くなっていく。

あぁ…もう、駄目かもしれない。

そう思った瞬間、全身の力が抜けていくのを感じた。
最後の空気がこぽりっと口から抜けていくのを感じながら、ぼやけた視界の中になにか影のようなものを見つけた気がした。


それが、俺が覚えている最後の景色だった。



< 3 >

パチパチッと何かがはぜる音と共に感じる、温かみ。
心地いい木の香りと、柔らかな布の感触。
今まで感じていたまどろみに、もう一度その身をゆだねたくなる。
寝返りをうとうとして、はじめて全身に感じる倦怠感に意識が浮上してきた。

「って…」
「起きなすったけ?」
「?」

やけに訛った柔らかな声。
ぼんやりと目を開けると、見慣れぬ茶色の天井がぼやけて見えた。

「大丈夫け?」
「……?」

先程の声の主が近くに居るらしい。
首をめぐらすと、枕元に誰かが座っていた。
駄目だ、メガネが無いから見えやしない。
ど近眼な俺はメガネが無ければ、この世界は全てぼんやりとした色つきの塊にしか見えないのだ。
しかしながら、声の主は心配そうにこちらを伺っている様だし、とりあえずは返事をしなければならないだろう。

「大丈夫です」
「そうけ。いかった、いかった」

どこか嬉しそうなニュアンスを含んだ声に、ふっと心が温かくなる。
とりあえず現状を把握しようとメガネを探す。
幸いにも枕元にあったメガネを手に取り、かけてみる。
……歪んでいた。
しかも、レンズに傷まで付いている。
見えなくは無いが、これでは作り直すしかない。
最近買ったばかりだった為に、思わず溜息が漏れたが、今はそういう場合ではない事を思い出す。

ぎしぎしと鳴り出しそうな身体を起こすと、何とか座る事が出来た。

改めて見回した室内は、古き良き日本家屋といった感じで囲炉裏まである。
居間…と言うべき室内を見回した後、ふと声の主が視界に入った。

「あんれ、まだ寝ててもよかに」

その口調から、かなりの年配を想像していた為、かなりの衝撃を受けた。
やけに若い…しかも、とても可愛らしい顔立ちの青年だった。
思わず凝視していた俺に笑いかけると、青年は立ち上がって桶を手に再び戻ってきた。
手ぬぐいを絞り、俺に差し出す。

「おめさ、まんだえらかろうて。ま少し、寝てても良かよ?」
「あ…いや…大丈夫…です……」
「そうけ?んだば、ちぃと何ぞ作ってくるけ、まっとりぃて」
「あ、はい……」

何となく意味は理解できたから頷くと、青年はにっこり微笑んで別室へと移っていってしまった。
一体どういう事だろうか…
俺はただひたすらに首をかしげた。


< 4 >

頭が覚醒してくれば、不思議な事が沢山あった。

俺は、確か川に落ちてしまったはずだ。
しかも、かなりの急激な流れの大きな川に…
自力で生還した覚えがないのだから、きっと先程の青年が助けてくれたんだろう。
しかしながら、あの青年は俺より小柄だった。
あの青年一人で、力が入らない人間を川から救出するにはかなりのパワーがいるはずだが…
失礼ながら、一人で助けれそうな様子はまず無い。
しかも、ここに彼以外の人間が住んでいる様子も無いのだ。
だとすれば、彼は一体どうやっておれを助けたのだろうか?
そもそも、彼が話す言葉には先程からひどい違和感を感じていた。
彼の言葉は、一見するとただの田舎なまりの言葉に聞こえるのだが、その実様々な方言が入り混じっているため地域が特定できないのだ。
北なのか、南なのか、西か東か…ソレすらも分からない。
それに、あの物腰…
やけに所作が綺麗であり、現代人の中で暮らしてきた俺にとっては、まるで執事や物語の王子様的にも見えてしまう。
一つ一つの動作が優雅であり、ついつい目を奪われてしまうのだ。

本当に、良く分からない…。
様々な推測をたてながら、一人で唸っていると先程のふすまから彼が何かを持って再び現れた。

「あれ、どうしたと?」
「あ…いや、何でもないです」

腕を組んで唸っている俺に首をかしげ、とりあえず…湯のみを渡された。

「体、冷えとるだろうに。こればのんどきぃ?」
「あ、ありがとうございます」

素直に受け取った湯飲みに口をつけると、丁度いい加減の緑茶が喉を滑り落ちた。
ほぉ…と溜息をつくと、今度は熱いお茶が注がれる。
手のひらで暖をとりつつも、お礼をと想い口を開いた。

「あの、俺のこと川から助けて下さったんですよね?ありがとうございました」
「なんの、なんの。たまたま近くに居ただけだで」
「俺、河野遊人(こうの・ゆうじん)と言います」
「わぁは、川人うお(かわひと・うお)」

……うお。変わった名前だ。
自分の名前のことを棚に挙げて、つい思ってしまう。
そんな俺の事などお構い無しで、うおさんはテキパキと食事の用意をしてくれた。


< 5 >

食事をしながら話をしてみると、この辺りはかなりの山奥であり、普段めったに人が寄り付かないような所だと知った。
しかも、俺はどうやら物凄い勘違いをしていたらしく、2時間ほど歩いていたつもりが、丸一日歩いていたのだとその時気がついた。

「どうりで、身体が疲れるわけだ」
「遊人さんは、変なところ抜けとるんやね」
「いや、そんな事は…」

無いとは言い切れない。
そんな俺を見て、うおさんはクスクスとおかしそうに笑った。

「そう言えば…」

気になって仕方がない事を確かめたくなるのは、研究者の性ゆえか…

「うおさん、お一人でここに住んでいるんですよね?」
「そやよ?」
「ずっと、ここに住んでいるんですか?」
「ん。住むんとこ変わったことぞ、一度もなか」
「……でも、方言。おかしいですよね?」
「…………。」

触れては、いけない話題だったか。
しかし、言ってしまった事は後には戻らない。
それまで和やかだった雰囲気は、一気に張り詰めたものになる。
失敗した。
これまで、何度と無く味わったことのある嫌な感じに、溜息をつきたくなった。
同じ事を繰り返しやって来て、いい加減学習しなければと思うがまた繰り返してしまう。

「ばれちゃいましたか」
「…え?」

クスクスと笑い声が聞こえ、知らず下げていた頭を上げた。
柔らかな笑顔と、その声にほっと息を吐き出した。
本当は、こっちの方が地なんです。そう言って笑ううおさんは、本当に可愛らしかった。
思わずまた、顔を凝視してしまえば、今度は困った様な顔になる。

「えっと…何か、顔についてます?」
「あ、いや…何も無いです」

同性だというのに、ドキドキとしてしまい、変に焦ってしまった。


< 6 >

気がつけば、俺はうおさんと一緒にこの山で暮らしていた。
最初は恩返しのつもりだったのに、気がつけばうおさんと一緒にここで過ごす時間が楽しくなっていた。
うおさんは凄く物知りな割には、意外な事を知らなかったりする。
そして、不思議な事もたくさんあった。
ここに来る時に壊れたメガネは次の日には直っており、濡れてしまっていた資料やPCなども乾いていたり正常だったり…
それでも、うおさんと過ごす時間は、ゆっくりと流れていて心地よかった。

俺がここへ来てから、既に1ヶ月が経っていた。


ある夜、うおさんがいつに無くとても静かだった。
どうかしたのか、と尋ねるもただ首を横へと振るばかりで、理由が分からない俺はただ戸惑う事しか出来なかった。
仕方がなく、ただ静かにその日の夕食が始まった。
多く話す訳では無かったが、うおさんは俺の話を興味深そうに聞き、目を輝かせて質問をした。
その姿が嬉しくて、俺はいつもうおさんに様々な事を話した。
俺自身も口下手であり、他の人間とは話す事が苦手だったのに…
ふと気がつけば、切羽詰ったような表情でうおさんが俺のことを見ていた。

「遊人さん」
「はい」
「…遊人さんが来て、もうひと月になりますね」
「あぁ…そうですね」
「…………。」
「…………。」

何なのだろう?
俺がこの山に入ったのは、11月の終わりの頃だった。
そうなると、そうか…そろそろ年末になる。

「もうすぐ、正月ですね」
「え?…はい」

『正月』という単語を聞いてから、益々うおさんは落ち込んでしまった。
俺は、また何かやらかしてしまったのか?
理由が分からず、再び唸っているとうおさんが意を決したように顔を上げた。

「遊人さん」
「はい」
「実は、遊人さんに言わなければならない事があるんです」
「…はい」

ごくり…と知らずに唾を飲む。

「実は…私、人魚なんです」

人魚?


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人魚とは、上半身が人間で下半身が魚の妖怪…になるのだろうか?
その肉を食べれば、不老不死になるだとか美しい歌声に誘われると、水中に引きずり込まれるだとか…
様々な話はあるものの、ほとんどは空想の産物だと思われるようなものばかりだ。
その人魚が、うおさんだと?

「下らない冗談に、聞こえるかもしれませんね…」
「い、いえ…」

そんな事ない。とは、言えなかった。
実際、馬鹿馬鹿しいとさえ思ってしまったのだから。

「人魚…なんて言いますが、実際は人魚と人間の間に生まれた子なんです」

…いわゆる半妖ってやつか?
ぽつぽつと話すうおさんの言葉を整頓すると、どうやら母親がこの土地の人魚だったらしい。
ある日、この地に迷い込んだうおさんの父親と出会い、恋に落ちてうおさんを産んだ…
そして、産むとすぐに亡くなってしまったのだと言った。
父親は…うおさんが成人した後、直ぐに母親の後を追ったという。

「こんな話をしてしまい、申し訳ありません…でも、遊人さんには聞いておいて欲しかった…」

もう直ぐ…年を越してしまいます。そう、寂しそうにうおさんは話した。
やはり、もう直ぐ年が変わるのだ。

「私は、私の身を守り為に今まで誰とも接触をしてきませんでした。しかし、遊人さん…貴方だけは…」

言葉を切ったうおさんは、そっと近くに置いてあった小さな瓶を差し出した。

「これは、私の血です。半分とは言え、人魚の血でもあります。全て忘れてもとの生活に戻りたければ、これを飲んでください」
「飲むと、どうなるんですか?」
「ここでの記憶のみ、忘れる事が出来ます。もし、飲まないと言うのなら…永遠に、私とだけの生活をしていただきます」

難しい選択ではなかった。
俺は手を伸ばし、うおさんからその小瓶をもらった。
小さな瓶の中には、綺麗な赤い液体が揺れている。
こんなもので、本当に記憶が無くなるなどと信じることは出来なかったが、うおさんがそう言うのならば、それは真実なのだろう。
うおさんの泣き出しそうな表情を、極力見ないようにして俺は瓶の蓋を開けた。
瓶をゆっくりと傾け、少しとろみのある液体を流す。

- ジュッ…

白い煙と共に、独特の臭いを残して液体は囲炉裏の火で蒸発した。

「うおさん、俺は一生うおさんと一緒に居たいんです」
「………遊人さん」

俺は、うおさんと一緒に居る事を望んだ。
この先、一生他の人間と関わる事が出来なかろうと、家族とも会えなくなろうとも、俺にはうおさんが必要だからだ。

「好きです、うおさん。大好きです」
「!!!!!」

ポロポロと泣き出すうおさんの涙は、海の底にひっそりと眠る真珠の様に美しかった。

「騙して、ごめんなさい」
「………え?」

散々泣いた後、うおさんは涙を拭いながらそう言った。
…騙して?

「実は、全部嘘なんです。人魚の話し」
「………え?」
「すみません、試したんです」

…ドウイウコトダ?

「本当は私…先生の研究所の所員です」
「え?うちの?」
「ずっと…先生の事が好きで…騙していました」

つまりは、こういう事らしい。
うおさんは俺の研究所の研究員であり、以前から俺を見かけていたらしいのだ。
そして、俺がこの山の中の研究施設に篭る事を聞いて、後を追いかけてきたらしいのだ。
ところが肝心の俺が寄り道なんぞしたうえに、沢に落ちたため慌てて救出。
何となくばつが悪くて地元民としてやり過ごし、更には人魚の話まで用意して確認したかったらしい。
徐々に、うおさんに好意を寄せる俺の気持ちを。

「じゃあ、半妖ってのも…」
「嘘です」
「ずっとここに住んでるって言うのも…」
「嘘です」
「俺のメガネやPCは…」
「予備やバックアップを先生の研究室から失礼してきました」

呆れるぐらいに、よく出来ている。
半ば感心しながらうおさんを見ると、再び泣き出しそうな顔をしていた。
そうか…嫌われるとか、怒られるとかが怖いのか。

「俺へと気持ちに、嘘は無かったんだろう?」
「勿論です!!」
「じゃぁ、もういいよ」

ここまでやってしまう程、惚れられていたなんて…嬉しい話じゃないか。
困ったように笑うと、うおさんは再び泣き出してしまった。
どうしたらいいか分からず、オロオロしていると小さな声で「ごめんなさい…ありがとう」と聞こえ、そっと頭を撫でた。

「人魚の君は、この地に忘れてしまおう。それで、新しい年には人間の君と仲良くなりたい」
「はい」
「そうだな…新年まで、あと数日だろう?このまま、ここで二人っきりで年を越そうか」
「?!!」
「嘘をついていた君には、拒否権は無いよ。思う存分、オシオキをしてあげよう」

にっこり笑って口付けると、うおさんは真っ赤になってしまった。
可愛い俺の人魚姫。
泡になってしまわないよう、しっかりとこの腕の中に閉じこめて置いておこう。








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