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ト)クロード

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〈 1 〉


見張り小屋から何とか自室へと戻る事が出来たのは、既に日がかなり傾いている時間帯だった。

「ぃっ……たぁ」

容赦なく攻められた為か、腰が痛い。
途中、何度と無くその場にしゃがみ込みそうになる身体に叱咤したことか。

「ったく、アッシュめ…」
「…あの、雑兵がいかが致しましたか?」
「?!!」

突然部屋の角…光の届かない、暗闇の中かからかけられた声に、ビクリッと肩が跳ね上がった。
誰も居ないと思っていた為、気を抜いてはいたが…

「何度も言いましたでしょう。ディアモンド」

何で、クロードがこんな所に居るんだ。

「ココは、女王の私室です。何人たりとも、ワタクシの許可無く入室する事を禁じているはずです」
「それは、大変失礼致しました女王陛下」

ゆっくりと光の中へと出てきたクロードは、嫌味なほど恭しく一礼してから微笑んだ。

「しかし、恐れながら女王陛下。私は、女王陛下を昼間からお探ししておりまして」

部屋つきの侍女にそう話したところ、快くこの部屋へと迎えていただきましたが?
そう言って、ますます笑みを深めるクロード。
その目は笑っておらず、何処か暗い闇さえも見えるようで身震いした。

「所用で出ておりました」

知らず、目をそらしてしまう。

「…貴方様は、お分かりではいらっしゃらない」
「何を…」

言っているのだ?そう続くはずだった言葉は、クロードの表情に吸い込まれてしまった。
何で、そんな顔をするんだ…

「貴方様は特別な…そう、誰よりも特別な方だと言う事を、覚えておいていただかなくては、なりませんね」
「?」
「今日は、失礼致します」

恭しく一礼すると、クロードはそのまま部屋を出て行ってしまった。

「…何だったんだ」

あの時の、クロードの顔。
苦しそうな、悲しそうな…とても、辛そうな表情。

ズキッ…

胸に広がる、嫌な痛み。
色んな事が分からなかった。



〈 2 〉


結果から言うと、脱走後にワタシ付きの監視役の数が増えた。
以前にもまして、監視体制はかなり厳しくなったし、一人きりになる時間なんて物は無くなったに等しい。
最初のうちは男である事がバレてしまうのではないかと危惧もしたが、長年培ってきた立ち居振る舞いなどにより、その心配は無いと知る事になった。
しかし、あのクロードがこんなに無謀な手段に出てくるとは思わなかったから、少し意外だった。
執務でも顔を合わせる事が無く、ここ数日は少しだけ穏やかな日々が続いていた。
この日の夜までは。



自室へ下がり、湯殿で湯を浴び、ベッドの上で本を読む。
一日の疲れも、ゆっくりと消え去っていくような一時。

「お休みのところ、申し訳ありません」

酷く事務的で、何処か冷たい印象さえ与えるような声。
ここ最近、ワタシの傍付き…いや、監視役となった女のものだ。

「…何事か」
「宰相、ディアモンド様がいらっしゃっております」
「…ディアモンドが?」

こんな時間に一体何の用だろうか?

「何か、お話したき事がおありとか…」

あまり、気は進まない。だけど、この女は所詮はクロードの息のかかったものだ。
ワタシが拒んでも、きっと招き入れるに違いない。

「……分かりました。ガウンを持ちなさい」
「はい」

ここで駄々をこねても一緒だ。話があるのなら、聞こうじゃないか。
侍女にガウンを持たせてそれを羽織ると、隣にある応接間へと向かった。



「夜分に申し訳ございません。女王陛下」
「挨拶は結構です。用件を」

部屋に入って早々、深々と頭を下げるクロードにそう言うと、大きなソファーへと腰掛ける。

「まずは、人払いを」

そういうが否やクロードが視線を走らせれば、扉の近くに控えていた侍女達は一斉に一礼して退室していった。
…どういうつもりだ。嫌な予感しかしない。

「…先日、城を抜け出した折に、何処へ行かれましたか?」
「………所用だと、申し上げました」
「何処へ?」

真っ直ぐ見つめるその瞳に、有無を言わせぬ光が宿る。

「また、あの雑兵とお会いになっていたのですか?」

質問ではなく、確認だ。その声音は、確信の色を含んでいる。

「あの様な輩とお戯れになるのは、そろそろお控えください」
「好きで会っているのでは…っ!!」
「…やはり、会っていたのだな」
「!!!」

あぁ、まただ。
あの、酷く辛そうな表情をまたする。

「やはり、貴方は身体に直接お教えするしかないのですね」
「なに…を…っ!!」

気がつけば、目の前にクロードの顔が迫ってくる。
吐息を感じるほど近い唇が開き、囁くように言葉が紡がれる。

「貴方が…どれだけ、私にとって特別なのかと言う事を…」
「離れ…!!!」

抵抗しようとしたその手は簡単に拘束され、開いた口はクロードのソレによって塞がれる。
ヌルリと滑り込んでくる生暖かい舌は、口の中を動き回ワタシの舌を捕らえる。

「ん…んん…!!」

軽く体重をかけられれば、あっという間にソファーへと押し倒されて、太ももの間に足を入れられ動く事さえままならない。
両手は頭上で固定され、膝の辺りで足の付け根を刺激される。

「んぁ…んん……」

ナイトドレスの裾はたくし上げられ、胸元のリボンは気がつけば解けている。

「リオン様…随分とお可愛らしい姿ですよ?」
「!!…ぁあっ!!」

揶揄するような言葉にカッと顔に熱が集まるが、次の瞬間には胸を掠める指に知らず声が出てしまう。

「…本当に、可愛らしい」
「やっ…やめ…あぁん……」

何か小さく呟くクロードの声は、ゆるゆると動く手に翻弄されているワタシの耳には入らなかった。



〈 3 〉


ヌチャヌチャと粘り気のある水音が、イヤらしく耳を犯す。

「ひゃぁっ…ゃぁ……あぁ…」
「ほら、見て御覧なさい。貴方のイヤらしいのが、こんなにも…」
「ゃめ…ぁあん!!」

亀頭を弄ばれ溢れ出る精液は、イヤらしい音とともに泡立ち、指のすべりを益々良くする。
クロードの細く節だった指は、絶え間なくソコを刺激するのと共に、快楽を引き出している。
始めのうちは逃げ出そうともがき抵抗していたが、徐々に力が抜け自分からも腰を振るようになっていた。

「イヤらしいお方だ。こんなにもだらしなく涎を垂らして、自らも腰を振るとは」

クロードの、掠れた声が耳元で囁く。
それだけで腰が振るえ、更なる欲望を生み出す。
プクリと立ち上がった胸の飾りへと舌を這わせ、執拗にゆるゆると弄ぶ。
知らぬ間に性感帯へとなっていたそこからも、甘い痺れが広がっていく。

「も、や…ぁ…」

我慢が出来ない…触って欲しい…もっと、強い刺激が欲しい…
強く握って欲しい…中へも刺激が欲しい…
指を入れて…かき回して…気持ちがいいところを…もっと…
快楽への欲求が、果てしなく広がっていく。
理性なんて、何処かへと霧散していく。
ソレほどまでに甘く優しい刺激は、ワタシの思考を徐々に蝕んでいく。

「そろそろ、良い頃合でしょう」

そう言って微笑むクロードは、ゆるゆると動かしていた手を徐々に後ろへと回していく。
後孔の縁をマッサージしながら解していき、ゆっくりと指を入れる。

「あぁあん!!」

それだけでも、刺激を欲するワタシの身体は快感を見つけ、喜ぶ。
徐々に増やされ、中を解きほぐされるのは、今の私にはじれったい事この上ない。

「もう、充分でしょう…」
「あっ…」

そういって指を引き抜かれる刺激に、声が漏れ出てしまう。

「その様に物欲しそうな顔を、しないでください」

クスクスと意地悪そうな笑いと共に、クロードのモノが後孔へとあてがわれる。
熱いソレに、ふるりと興奮を覚える。

「…本当にイヤらしい方だ」
「あぁあああ!!!!」

一気に前立腺を突くように挿入され、いつの間にか開放されていた両手でクロードにしがみ付く。

「やぁあ…あぁあん…はぁっ…もぉ…や…らぁ…あぁあ」

気持ちが良すぎて、思考もろれつもついていかない。

「はっ…可愛い女王様。もっと気持ちよくしてあげますよ」
「あぁぁああ!!やぁぁぁああああ!!」

パンパンと腰を打ち据える音が、快楽と共に耳に届く。
前立腺を突くような腰の動きに翻弄され、生理的な涙が溢れ出す。
止め処なく溢れるワタシのソレをもう一度握ると、動きに合わせるようにして扱き出す。

「そ…れ、あぁああ!!や、あんっ…やらぁ!!」
「ダメです。そんなお願いは、聞きませんよ」
「あぁあああああああ!!」

思考が真っ白になる、全てが快楽に飲まれていく。

「あぁん!らめぇ…ぁああ…も、でちゃう…からぁ…」
「では、沢山お出しください」

そう言うが否や、今までの非では無いほどの激しさで腰を動かすクロードに、ただワタシはしがみ付くしか無く、

「        」
「あぁあああ!イク!!も、イッちゃう!!…あ、あぁあ……あぁあああ!!!」

激しく後孔と前を刺激され、腹の中に感じる熱を感じながらワタシは意識を手放した。
何事か囁かれたような気もしたが、聞き返す事もないまま。



〈 4 〉


気だるい。
意識が覚醒する中でまず思ったのは、そんな言葉だった。
徹夜をした次の日の様な、そんな気だるさ。
まどろむ意識は、ともすればそのまま再び夢の世界へと戻って行こうとさえする。

確か、今日は執務があったはずだ…
侍女が起こしに来るまで、まだ寝ていたい…

寝返りを打とうかとも思ったが、それさえも辛い。
もう一度、このまま寝てしまおうと決めた矢先、ふとえも言われぬ香りが鼻をくすぐる。
強く、気高く、存在感のあるこの香り…
そうだ、バラだ。
寝室には香りの強いバラは、飾っていなかった筈。
不振に思い目を開けると、目の前にはクロードの姿があった。

「おや、お起きになりましたか」

いつもの笑顔ではいるが、クロードの腕の中には何本ものバラが抱かれている。
ベッドの端に腰掛けながら、その腕に抱いたバラの花をむしっては、ワタシが寝ている上へと散りばめていた。
ようやく昨夜の事を思い出し、怒りと羞恥心で徐々に自分の表情が硬くなるのを意識せずには居られない。
起きる事も後回しに、クロードを睨み付けて精一杯の虚勢を張る。

「何を、しているのですか。バラの花など」
「いいえ。寝顔もお美しい貴方様には、バラの花が良く似合うと思いましてね」

そう言いながら、手を止める様子は見られない。

「花が…可哀想です」

せっかく、美しく咲いているというのに…
何となく素直に思ったことを言えば、少し驚いた後、クスクスと笑い出した。

「そんな事は思ってもみませんでした。貴方は、本当にお優しいのですね」

そっと髪を撫で微笑み、クロードはベッドから立ち上がった。

「お疲れでしょう。湯浴みの用意をさせてあります。お入りください」

確かに、今は湯に浸かりたい気分ではある。

「………そうします」

色々と言いたい事はあったが、とりあえずは湯に浸かる事にした。


湯の中にまでバラの花びらが浮かんでいた事には驚いたが、もう何も言うまいと考えて黙々と湯浴みに集中した。
無駄に侍女達の機嫌が良かったような気もするが、あえて無視だ。



< 5 >


湯浴みを終えて着替えを済ますと、そのままクロードと共に朝食をとった。
本当は顔など見たくもない筈なのに…
気がつけば二人分の朝食が用意してあり、さも当然と言わんばかりにクロードが着席しているのを見たら、もうどうでも良くなった。

「それで、一体これはどういう事なのですか?」
「これとは、何の事でしょうか?」
「この、服装の事です」

ワタシがこれと言ったのは、湯浴み後に用意されていた服だった。
そう、服なのだ。
ワタシが女王として生きる事になった日から、絶えず着続けている事を強要され続けたドレスではなく。
白いブラウスと、黒いズボン。
上質な布で仕立ててあるため、辛うじて品位は保たれているが、これはどう見ても…

「従者…もしくは、小間使いのような出で立ちではありませんか」
「女王陛下よりあふれ出る品位では、それらは妥当ではありませんね。言うなれば…成人前の貴族の少年でしょうか?」
「ワタクシは、そう言う事を聞きたいのではありません」

そんな事はどうでもいいのだ。何故、こんな格好をワタシにさせるかだ。

「あぁ。女王陛下におかれましては、日々ご多忙の様子」
「…………。」

自分の方が、余程忙しいのではないのだろうか?
そもそも、何が言いたいんだ?

「なので、本日は少々ご気分転換などいかがかと思いまして」
「…気分転換?」

何を言い出すんだ?

「気分転換等は、お茶会や兎狩りなどしておろう」

日ごろ執務の合間に、大臣が兎狩りや貴族の奥方を招いてのお茶会などはしている。

「気心も知れぬ者達の相手に、表面上の言葉のやり取りをする事は、気分転換とは申しません」

笑顔でカップをソーサーに戻す仕草は絵本の中の王子様のようだが、言葉と言動が一致していない。
確かに、狩りや乗馬など身体を動かす事は楽しかったが、ソレに伴う大人たちとの会話にはいつも何処か緊張していた気がする。

「ですので本日女王陛下には、私の従弟になっていただきます」
「…従弟?」
「はい。従弟のリオンでございます」



< 6 >


クロードの従弟発言から直ぐに、ワタシ達は城を抜け出して城下町へとやってきていた。
どういう手を使ったのか知らないが、クロードは今日一日私は病気だと言う事にして執務をすべて明日へと回させた。
その行動力には、いささか恐怖を覚えるものの、ワタシは久し振りの外出に少し興奮していた。
城下町へと行くための馬車の中でも、わずかな隙間から外を眺めてはクロードに様々な質問をしていた。
そんなワタシに呆れる事無く、丁寧に分かりやすく説明してくれていたため、目的地への道のりは思ったよりも早かった。

そして今、ワタシ達は孤児院へと来ていた。
孤児院とは言っても、教会が管轄しているため、清潔感がある質素な建物だった。

「ディアモンド様、ようこそお出で下さいまして」

神父と思しき男性が、馬車を降りたワタシ達を恭しく向かいいれた。

「先月の催し物も盛況でございました」
「それは、何よりです」
「おや?今日は、お連れの方がいらっしゃるのですか?」

クロードの後に馬車を降りたワタシに気がつき、神父が意外そうな声を上げた。

「私の従弟のリオンです。社会勉強のために、同行させました」
「初めまして。この施設の管理者をしております、神父のマイストと申します」
「リオンです」

髪を一つ括りにして、素顔のまま男の服装をしているとは言っても、何処かで肖像画でも見られているのかもしれない。
そう思うとソワソワしてしまうが、マイストと名乗った神父はニコニコと人の良さそうな笑顔を振りまいているだけだった。
さっさと先へ向かってしまったクロードの背中を追いかけながら、神父は優しく口を開いた。

「リオン様、貴方様の従弟様はこの施設へと良くいらっしゃって下さるんですよ」
「ココへ…ですか?」
「はい。半年と置かず、その度に子供達への贈り物を持ってきて下さったり、共に遊んでいただいたり…本当に良くしていただいているのですよ」

ほら…そう言って神父が指し示した施設の中庭には、沢山の子供に取り囲まれて微笑んでいるクロードの姿があった。

「あの方は、今まで沢山のご苦労をなさってまいりました。その折に、よくココへいらして様々な懺悔をなさっていかれました」

政治や経済、福祉や外交…国に関わる様々な事で、その手腕を発揮してきた。
そんな中でも、悩む事も悔やむ事も多くあったのだろう。
ソレを滲ませる事も許されない立場にあってもなお、揺ぎ無い信念で進んでいるのだと思っていた。

しかし、違っていたのかもしれない。

子供達に囲まれ、どこか穏やかに笑うクロードを見て、少しだけそう思った。



< 7 >


孤児院を出た後は、そのまま街中をゆっくりと歩いて回った。
城下には今までワタシが知らなかった事が多くあり興味が尽きる事が無かった。
預けられていた農村のものとも、城の中にあるものとも違う品々。
市場には様々なものが溢れかえっており、キョロキョロと周りを見回しては店を覗く。
ふと足を止めた店先で、ツイッと服を引っ張られ後ろを振り向くと小さな女の子が立っていた。

「お貴族様、お花を買ってくださいませ」

名も知らぬ小さな花を簡素にまとめただけの、質素な花束。
女の子の服装からも、生活が豊かではない事がうかがい知れる。
一つ…と言いかけて、ワタシはお金が手元にないことを思い出した。

「すまない…今手元に…」
「一つ、貰えるか?」

お金が無いのだと言いかけたワタシの後から、クロードが女の子に声をかけた。

「ありがとうございます、旦那様」

女の子は嬉しそうに笑うと、小さな花束をワタシの手に渡して

「旦那様方に、素敵な事がありますように」

そう言って、その場を去っていった。
ワタシの手元に残された小さな花束は、そよそよと風を受けて小さく揺れる。

「リオンには、あまり馴染みの無い花なのでは、ないですか?」
「…そうですね。今の住まいにも…以前の住まいにも、この様な花は咲いていませんでした」
「この周囲にだけ生息している花なのですよ」

白く可憐な花だが、どこか凛としていて美しい。
クロードが買ったのだから…と花束を渡そうとすると、微笑まれてやんわりと手元に押し戻された。

「これは、貴方へのプレゼントですよ」
「え?」

ココへ来た、記念だとでも。

「さぁ、そろそろ帰りましょう」
「………。」

馬車へと向かう道すがら、クロードの背中を見上げ、不思議と落ち着かない気持ちになっていた。



< 8 >



クロードとの外出から数日たったある日。
それまで何事も無かった城内は、一人の使者によって上へ下への大騒ぎとなった。

「……女王陛下との、婚姻…ですか」
「左様」

ジョーカ国からの使者だと名乗ったその老人は、重々しく頷いた。
現在、謁見の間にて直接この使者と名乗る男と話しているのは、ひとえにワタシ自身の問題が持ち上がったからに他ならなかった。

【結婚】

「クイーンハート国の現女王陛下であらせられます、リオネット様におかれましては今年で御年16才」

ご出生時よりのご婚約者さまであられた方は、10年以上も前にお亡くなりになられたとかで…

「現在までご婚約者様さえお決めになられていないと、風の噂でこの爺の耳に届きましたので…」

長々と恰幅の良い腹を揺さぶりながら話す使者。
つまりは、ジョーカ国の第三王子が18歳で、年齢がつりあう事。
隣国であるクイーンハート国の女王が、未だに独身である事。
婚姻関係を結んで両国の関係を良くしたいと、思っていること…
つまりは、完全なる政略結婚の押し売りに来たと言う事だった。
諸大臣は浮き足立っているのが目に見えて分かるような有様だったが、長老様方はかなり渋い顔をなさっていた。

ジョーカ国は、この国のすぐ隣にある大国であり、貿易や軍事などに優れている。
婚姻関係を結ぶ事により、援助などを受ける事が出来る可能性があるが、内部より国を乗っ取られる可能性さえある。

「この件につきましては、直ぐにご返答する事が出来かねますゆえ、使者殿には申し訳ないが当城へとしばし滞在されたく…」

とりあえずは…という事で外交官が使者の退出を促し、ワタシは急いで長老方と別室へ移動となった。
この別室で行なわれるのは、極僅かな人数だけでの会議…
諸所の部署の意見役となられた、往年の賢者の方々とワタシのみ。
つまりは、ワタシの本当の性別を知っている方々のみなのだ。

「女王陛下…」
「何も言われなくとも、分かっております。しかしながら、軽々しく結論を出す時ではありません」

着席する前から、この場には緊迫した空気が流れていた。
皆、思うことは同じなのだ。

「ついに、来ましたか…」

女王と言う立場に就いてから、覚悟を決めていたこと。
いつかは政略結婚という事にはなるとは思っていたが、思った以上の相手であり事によっては、我が国の進退さえも左右しかねない。

「今までも、似たような申し出は多くございましたが、今回は何分相手が悪すぎまする」
「返答次第では、戦を仕掛けてくるやもしれませぬし…」
「いっそうの事、このまま婚姻の申し出を引き受け、その第三王子とやらをこちらに取り込むと言うのは」
「いや、それではリスクが多すぎるであろう。しかも、その第三王子とやらの人物像ですら把握できてはおらぬと言うのに」

長老方とのやり取りを重ねては見たものの、結局のところ結論は深夜まで出る事はなかった。


< 9 >

ここ数日間は、ひたすら長老方との会議ばかりで、あまり眠れていない。
話し合いを重ねていても、何の解決策も出ないまま日を重ねるばかり。
その間にジョーカ国の使者には返答をせっつかれたが、ワタシが心労のあまり寝込んでいるという言い訳で逃げている有様であった。
その心労であるというワタシは、一人夜中の廊下をコッソリと進んでいた。
燭台も持たず、暗がりを選ぶようにして進む先…場内に用意されている、クロードの私室だった。
居るかどうかも知らぬままに、とりあえず扉を小さくノックすると、開かれた扉から当の本人が顔を出した。

「女王陛下?この様な所で、いかがなさいましたか?」
「話があって参ったのだ」
「ひとまず中へ…」

やや驚いた様子ながらもクロードはワタシを室内へと通し、厳重に扉を閉めた。

「長老様方とのお話し合いは、お済みになられたのですか?」
「今日のところは…と言う所ですね」
「結論は出ていない…と言う事ですね」

勝手にソファーへと腰を下ろし、大きく溜息をついた。

「それで、このような場所へ明かりも持たずに、どのようなご用件でしたか?」
「そなたこそ、小間使いさえも置いていぬとは、どうしたのです?」

そう。貴族の人間が、いくら深夜の城内だと言えども、小間使いの一人も置かずに執務をしている訳がない。
ワタシだって、そのつもりで来たから拍子抜けだったのだ。

「小間使いですか?今日は下がらせました」
「何故です?」
「貴方様が、いらっしゃるような気がしたものですから」

ふっと微笑みながら言い、執務机へと腰掛け書類を片付けた。

「それで、貴方様のご用件は何だったのですか?」
「……この前の、お礼を…まだ、言っていなかったので」

そう言うと、立ち上がってクロードの傍へ行き、執務机の上にしおりを置いた。
しおりには小さな白い花の押し花が付けられている。

「これは…」
「あの時の花束の花です」

ワタシは、クロードに感謝の気持ちを伝えたくて、自分で出来る精一杯のお返しを考えたのだった。

「要らぬのならば、どうぞお捨てなさい」
「とんでもありません…大切に、させていただきます」

しおりを手に取りそっと口付けると、クロードは手元にあった本へとそっと仕舞い込んだ。
あまりにも恥ずかしくなり、ふいっと顔を背けると慌ててソファーへと戻る。

「それで、本当にお話になりたかった事は、何でしょうか?」
「………やはり、そなたにはお見通しなのですね」

溜息をつくと、ワタシはゆっくりと口を開いた。



< 10 >


夜中ではあったものの、ワタシはクロードに尽きることなく今の気持ちを話し続けた。
女王と言う立場上、政略結婚は致し方がないこと。
結婚して相手がよい人物ならば、それで良いとも思っていること。
相手国が大きく、侵略や裏切りなどの危険性が高いが、下手に無碍にも断れないこと。

「何より…ワタクシ自身は…あまり、結婚したくは無いとさえ思っているのです」

これは、完全にワタシの我侭だった。
出来る事なら、見ず知らずの相手なんかと結婚などしたくない。
せめて、人となりを知る事が出来る人物がいい…
そう、思ってしまったのだ。

「これは、ワタクシの勝手な思いです。国を考えれば言葉にもするべきではない事は、分かっています。しかし…」
「そうですね。確かにそうかもしれませんが…」

それでも…と、ワタシの隣りに腰掛けながら、クロードは言葉をつむぐ。

「それでも、私も思ってしまいましたから…」

ゆっくりと節々が骨ばった、大人の手が伸びてきて髪を撫でる。

「貴方様を他の誰かに盗られるなんて、いい気分はしないな…と」

そっと髪に口付けて、真っ直ぐな目で見つめられる。
クラリと視界が揺れる様。

「そう、貴方様が思わせてしまうのです。女王陛下」
「ワタクシは…」
「えぇ、貴方様は何も悪くはありません。悪いのは、すべて貴方様のその気高すぎる美しさのせいですから」
「その様な…」

徐々に近づく顔に、鼓動が早くなる。

「国を預かるものとして、考えてもいけない事を…貴方様は、容易に私に考えさせてしまう…」

吐息を唇に感じるほどに近いのに、逃げる事が出来ない…

「しかしながら、それが…本心なのです」
「…本心」
「そうです」

あと僅か…と言う所で、クロードはすっと身を引き、先程の執務机へと腰掛けた。

「女王陛下、この件につきましては、私の方からも手を回させていただいても宜しいでしょうか?」
「…そなたから?」

離れていった熱の余韻に顔が赤くなるが、あくまで落ち着いた様子で返答をする。

「悪いようには、致しません。ですが一つ、確認しておきたい事がございます」
「申しなさい」
「はい。女王陛下は………


< 11 >


アレから、更に幾日か経ったある日。突然ジョーカ国からの早馬が使者の下へとやってきた。
早馬がもたらした内容をうかがいしる事は出来なかったが、何故か使者の方から今回の婚姻については無かった事にしてくれと申し入れてきた。

「我々よりの申し出ではございましたが、何分状況が変わりまして…大変申し訳ありませぬが、急ぎ国へ帰還せよとの命令にござりまするゆえ…」

まるで脱兎の如く城を辞する使者に、その場に居た者達は皆、呆気に取られるしかなかった。
確信は持てなかったが、これがクロードの言っていた『手を回す』だったのだろう。
ワタシは、ここ数日間考えていた事を、皆の前で話そうと決心した。

「皆の者。丁度良い…少し、話があるのです」

ざわめいていた広場は、水を打ったように静かになる。

「以前より、ワタクシは考えていた事があります。ワタクシの婚姻の事です」

再び、ざわめく室内。それが落ち着くのを待って、もう一度口を開く。

「ワタクシは予ねてより、己の婚姻について考えておりました」

男の身での、女王としての婚姻について。

「今回は、大きな事とはなりませんでしたが…また、再び同じ様な事が、あるとも限りません」

また、隣国に…いや、諸外国全てに可能性はあるままなのだ。

「なので…ワタクシの婚姻相手は、自国の中より選びたいと思っています」

そう。あの時、クロードはこう聞いたのだ。


『女王陛下は、他国からの婚姻はお考えになられておりませんね?』


そう。実を言えば、私自身は考えていなかった。
他国から婚姻相手を選ぶ事は、かなりのリスクを背負うことになる。
選ぶ相手から裏切られる可能性、選んだ相手が国庫を食い潰す可能性、選ばなかった国々からの戦の可能性、ワタシが男である事を他国に広められる可能性…
あげだしたら、きりがない。
ソレほどまでに高いリスクを背負うくらいであれば、自国より信の置けるものを探し出した方が、良いのではないか。
長老方と話し合っていた間にも、その考えは強く確固たるものへと変わっていったのだ。

「しかし、他国との関係を強める意味合いでも…」
「それは確かにあるでしょう。しかし、婚姻だけが関係を強める方法ではありません」

商業でも、外交でも、何でも良いのだ。
その方が、男の女王であるワタシには良いのだ。

「相手を決めている訳ではありません。ただ、諸外国より婚姻相手を求めるよりも、問題が少ないように思えるのです」

長老方を見れば僅かに戸惑っているが、否定的ではなさそうだ。
これならば、どうにかなるかもしれない…

「考えてみるのも良いかもしれませんね」

静かな室内に、クロードの声が響いた。
それに伴い、あちこちより肯定的な声が出てくる。
何とかなりそうな雰囲気に、ワタシは知らず息を吐き出していた。



< 12 >



その後よりクイーンハート国は、平穏を保っていた。
諸外国からの干渉もなく、国政は滞りなく進められ、国の治安や財政も問題ない。
ワタシの婚姻相手の問題も、大臣を含めた大会議にて国内から相手を決めると言う事で落ち着いた。
そして現在その婚姻相手の有力株が、微笑みながらこの東屋へとやって来た。

「こちらに居られましたか、女王陛下」
「何様ですか、ディアモンド」

ようやく取れた、午後の休憩時間。
コッソリとやって来たはずなのに、何故かクロードは早々にココを見つけてやってきた。

「休憩中であらせられた様子なので、ご一緒しようかと」
「ワタクシは、読書がしたいのですが?」
「奇遇ですね、私もですよ」

人の話を聞いていないかのような切り返しに、ちょっと溜息が出た。
許可もしていないのに、少し離れた位置へと座り、早々に本を開きだす。
本に挟まれていたしおりを見て、少しだけ顔が熱くなった。
慌てて本に視線を戻し、もう一度少しクロードへと視線を向ければ、こちらを見て微笑んでいる。

「…な、何です?」
「いいえ、女王陛下のお顔が、あまりにも可愛らしいので」
「?!!!!!」

クスクスと笑うクロードにからかわれたのだとわかり、今度こそ本へと意識を戻した。
ようやく取り戻した平穏な日常。
そして、変わらないこの関係。
もう少しだけ、自分自身に余裕が出来たら、近づいてみようと思う。
そしていつか落ち着き払ったこの表情を、驚きに変えて見せてやろう。





【 END 】




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